第5話 娘現る(5)

 カオスな飲み会の翌日の夕方。

 俺は仮眠をとって自称娘と共に都心に出てきていた。

 平日だが人は多く、買い物客などで賑わっている。それに帰りのサラリーマンの姿も見られ……えっ?この時間に退社とかどんなファンタージ?


 まあそれは置いといて、目的はハローワークとDNA検査だ。

 DNA鑑定に関しては採血したり少しの診察を受けた程度で考えていたよりもすんなり、手続きができた。もっと、精密検査したりとかすると思ったんだけど……意外に簡単だったな。


「よし、これであとはハローワークだな」


「よし、それなら早く行こうよ~」


「待て……」


 ついて行く気満々のとんでも娘をジト目で見る。

 ちなみに俺の腕に抱きついていて、胸がプニプニ当たっているので、俺としては正直どういう反応をしたらいいかわからない。

 本当に娘の『可能性』がある以上は手を出せないし……。


「ん? なぁにパパ」


「いや何もねぇだろ。お前は早く帰れよ」


「えぇ~どこに~? 荷物は夢ちゃんの家だし、起こすのも悪いでしょ?」


 そう言われるとこちらとしても強く言えない……。

 夢野さんとは昨日っていうか、今日は朝近くまで飲んでいて、今日の夜は当然のごとく仕事だそうだ。

 社畜マンだった身としてはできればぎりぎりまで寝かしてあげたい。


「お前今日はどこ泊まるんだ? 『実家』に帰んの? 言っとくけど、事実関係がはっきりするまでは家には絶対に泊めないからな」


 娘じゃなかったら普通に事案だし。


「わかってるって。実家は遠いからそれまでは夢ちゃんのところに居候することにしたの。合鍵ももらったし」


「はぁ!? お前夢野さんから合鍵貰ったの!?」


「うん、あっさりと。パパが認めるまで好きなだけ居ていいんだって」


「原因っぽい俺が言うのもなんだけど、あの人絶対に詐欺にあうだろ。こんなわからない田舎娘に合鍵を渡すなんて……」


「うん。私も自分で言うのもなんだけど……よく私に合鍵渡したよね。夢ちゃんいわく『わたし人を見る目には自信があるの』ということだけど……」


「まあ、お前の『身元』はわかってるからいいけど……」


 昨日さっと聞いた話ではこいつは今田舎の祖父の家でやっかいになっているらしい。

 この祖父は知る人ぞ知る重鎮らしく、現に夢野さんは『竜胆源三郎』の名を知っていた。

 俺は知らんかったけど……。

 まあ、そんなこんなで俺は朝一番でくそめんどくさかったが、その祖父とやらに連絡を取った。事情を説明すると……「実花をよろしく頼む」とだけど、言われた。


 どうやらあっちも俺のことは知っているようだ……。

 そして何を聞いても「あの子が直接話すまで待ってほしい」とのことだった。


 事情はさっぱりわからんが、めんどくさいことだけは理解できた……だが、祖父の声からは電話越しでも真剣に孫のことを考えていることが伝わってきた……。

 でも……それでDNA鑑定までやってる俺はお人よしというか馬鹿だな……。


「なぁ、いい加減お前の母親について教えてくれよ」


 これは一番最初に確認すべきことだが、あまりにも奇想天外な出来事だったため、後回しになってしまっていた。

 それで思い至って慌てて確認すると、はぐらかされてしまった……。


「えー、それは検査の結果が出てからって、話でまとまったじゃん」


 ……はぁ、まあ例えこの子の口から、俺の『心当たりの人』の名前が出ても、具体的な回答が出ない限り俺は信じないだろうから、いいんだけどさぁ。

 ふぅ、俺が本当にこの子の父親だったらどうしよう……? 一緒に暮らすんだろうか……。

 今は現実味がなくてわからないな……いきなり父親って言われてもな……。


「そんなに気にしなくても、結果が出たら洗いざらい教えてあげるから。パパはそれまで私とイチャイチャしてくれればいいの」


「なんか釈然としないが……まあ、慌てても仕方ないか。納得しちゃいけない気もするけどな……」


「そうそう。ねぇパパ。ハローワーク行ったら遊びに行こうよ」


「脈絡ねぇな……自由すぎるだろ。だめだ。ハローワーク行った後も就活で忙しい」


「そんなに焦って探さなくてもパパの場合大丈夫でしょ?」


「それは……」


 世間知らず少女の言うとおりだ。

 俺は有給がマックスにたまっているし、さらには退職金がある。それと……俺の口から会社内部の過酷な労働環境が漏洩するのを恐れているのか、会社が今までの残業代の一部を払うと言ってきている。


 ……と、さっき会社をずる休みしてハローワークに行くと電話した時に、後輩経理の『葵ちゃん』に言われた。ちなみに「あなたも裏切るんですね」という泣き言を1時間聞かされたのは懐かしい話だ。仕事しろや。


「パパさぁ、せっかく社畜から脱却したんだよね? それなのに遊ばないとか頭がおかしいと思わない? 人間は遊んでなんぼの生き物だよ?」


「……一理ある……そうだ。その通りだ。俺は社畜という戒めから解き放たれたんだ! 今遊ばないでいつ遊ぶんだ!?」


「今でしょう!」


 終わったネタをありがとう。


「そうだ俺は自由だ。昼間っからビールを飲んでも誰も怒ることはできない。10年以上真面目に働いてきたんだ! これは正当な報酬なんだ!」


「そうだよ! パパ! なんならパパは就活が失敗しても、『竜胆』がどうにでもしてくれるよ」


「えっ、それってどういう意味だ? これ以上の面倒ごとは勘弁して――」


 トントン。

 突然後ろから肩を叩かれる……振り向くとそこには難しい顔をした初老のお巡りさんが立っていた。


「そこのお嬢さんは学生さんですよね? 学校はどうしたんですか?」


「……」


 お母さん。俺は生まれて初めて職質を受けるみたいです。

 いくら自由でも人間は法律という壁からは逃れられないのですね……。

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