第2話 娘現る(2)

 さて……見ず知らずの女が娘と言い張るこのトンデモ状況をどうするか……。


「パパ~、パパ~、ふふっ」


 美少女は俺の首元に鼻をすりすりさせている。

 時計は夜12時を超えて、皆様が寝静まった時に何をやってるんだ……。

 ん? というか待てよ。この状況を誰かに見られたらどうする?


 ここは俺の家の前の廊下。はたから見れば男女がイチャついているように見えるだろう。

 しかし、俺は30を過ぎたおっさん。相手は『自分は娘』だと主張する頭のおかしい女。だが、その容姿はどう見ても10代……えっと、これは誰かに見られたりしたら大ピンチなのではないか?

 現代は芸能人もメンバーと言われる時代だ。一発で犯罪者扱い……って! 冷静に分析してる場合じゃねぇだろっ!


「おい、今すぐ離れろ!」


 初対面だが変態には遠慮はいらないだろう。俺は非常識な奴には非常識をもって対応する主義だ。


「ええええ! なんで! やだ。もっと甘えるの!」


「なに甘ったるい声で囁いてやがる。俺はそういう風俗的な接待プレイは極めてるんだ! そうそうの殺し文句では落ちんぞ!」


「あはは、パパってそういうお店に行くんだ。今度私も連れてってよ。後ろで見てるから」


「お前は頭お花畑なの!?」


 どんなプレイだよ。お店の人に絶対怒られる。もし怒られずにスルー状態で通してくれる店があったら、面白すぎて毎週通うわ。

 くっ、そんなこと言ってる場合じゃない。何とか引き離さないと……!


『ぎゅうううううううう』


 えっ! この女力強いっ!


「ふふっ、そう簡単に離さないよ~。私パパに抱きつくために鍛えたんだよ。なんならこのままエビ折り固めに移行して、パパの背骨に深刻なダメージを負わせることもできるんだから」


「なんならってなに!?」


 おいちょ! マジ本当にこのままではまずいって! 重症を負わされた上にわいせつ罪で捕まるとかマジで洒落にならん!

 ここは対話だ。人間は対話ができる生き物なんだ。どんな人間とも真摯に向き合えば心を通じ合えるはずだ。

 誰かが来る前に穏便に――。


『ガチャ』


「!?!?!?!?!?」


 その時隣の部屋の扉が開く。

 えっ、お隣さんは夜勤の仕事じゃ……。


「川島さん? こ、こんばんは……」


「ゆ、夢野さん……」


 うむ。扉から顔出したお嬢さんは『夢野明菜(ゆめのあきな)』さんと言う。お隣さんで看護師をしているという20代前半の綺麗でのほほんとした女性だ。

 長い髪は綺麗に茶色に染められて、今風にウェーブがかけられている。

 

 スタイルもよく、ウエストは引き締まっているのにその胸は暴力的だ。

 今抱きついてる頭のおかしい女よりも巨乳。あー、勤務時間の関係上めったに会わないから殆ど話したことないけど、密かに憧れてたのになぁ~。終わった完全に軽蔑された。

 まあ、終わったのは俺の人生もだけど!


「夢野さん……これは違う――」


「わっ、親子感動の対面ですねっ!」


「夢ちゃん! やっとパパと会えたの!」


 俺が人生をかけた弁明をしようとした瞬間、夢野さんはヒマワリのような明るい笑みを浮かべて、両手を胸の前で合わせた。

 そして、少女も親しげに話をしている……。

 えっ……? どういうこと?


「えっと、夢野さんはこの脳内にたんぽぽを栽培してるサイコパス女を知ってるんですか?」


「わあー、パパ酷い。私泣いちゃうよ? 交番の前で」


 くそ、めんどくせ。


「ふふっ、仲のいい親子ですね。実花ちゃん、ずっと川島さんの家の前で待っていたんですよ?」


「そ、そうなんですか?」


「はい。わたしが家に帰って来た時からだから……」


「パパ、私18時間くらい待ってたんだよ? 褒めて褒めて?」


「ストーカー!?」


「こらっ、川島さん、はるばる訪ねてきた娘さんにそんなこと言ったら、めっ、ですよ? うぅ、この子、どれだけ私の家で待ってるように言っても、頑なに「外で待ってる」って言ってパパの帰りを待っていたんですから」


 おい、何で夢野さん泣きそうになってるんだよ。そんなに感動的な話じゃねぇよ。

 明らかに事案だよ。これ裁判で勝てるんじゃないか?

 

 とか考えてると夢野さんがニコリとほほ笑む。


「川島さん、家に寄って行きませんか? 実花ちゃんの荷物、家に置いてありますし、ちょっと料理も作ったんで三人で食べましょう」


「えっ、こんな時間に……?」


「私、いつも深夜に仕事してるんで大丈夫です」


 いや、そういう問題じゃないような……こんな時間に女性の部屋に入るのが、ということなんだけど……。


「パパ、行こうよ! 昼もごちそうになったけど、夢ちゃん、すっごく料理うまいの!」


「はい? 夢野さん、この不審者を家に入れたんですか? 不用心すぎませんか?」


「ふふっ、川島さんの娘さんなら何も問題ありませんよ」


 てか、そもそもそれが――。


「いいからパパ入ろうよ! お邪魔します!」


 少女は俺から離れると腕を引っ張り、夢野さんの家に連れ込もうとした。


「おい、引っ張んなって! てかっ! 力強すぎだろ!」


「ふふっ、いらっしゃい。すぐにお料理出すので」


 この状況本当に何だよ……カオスすぎるだろ。

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