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「……あのトカゲが、何をした?」


 カルヴァンの言葉に、女神は笑う。


「ロウ殿がミーナ殿や妾を裏切り、反対できた理由はひとつしかない。カルヴァン殿は知らぬであろうが、ロウ殿は〝守る〟という願いを持つ転生者である。故にロウ殿は妾たちの誘いに乗らずとも、最初から大切な者を〝守る〟ことができた。つまり、最初からロウ殿だけは妾たちの仲間になる必要が無かったという訳じゃな?」


 睨みながらも、カルヴァンはその言葉に納得した。


 ……この女神は、こうなることを知っていたのだ。


 この女神は、生贄が足りない場合に――ミーナが自ら生贄になることを承知の上で、時間稼ぎをするために、二人分の欠員を作っていたというわけか。


「しかし、このままでは最悪の結果も有り得る」


 カルヴァンの言葉に、女神がうなずく。


 肉体から放れた魂とは、非常に繊細な存在だ。


 今は魔方陣によって保護されているとはいえ、このまま儀式が途絶えてしまえば、集めた魂は無意味に掻き消えるだろう。


 そうなれば、ミーナの願いが成就されることもない。


「これが、貴様たちのやり方か?」


 カルヴァンが睨むが、女神は優しく笑っていた。


「安心せよ」


「……何を安心しろというのだ? お前が足りぬ生贄を手に入れるとでも?」


「妾は、シュウ様のいない異世界などに興味がない」


 女神はまっすぐ、迷いなく答える。


「もしも、シュウ様が失敗したのなら、妾が最後の生贄になろう」


「そ、そんな言葉など信じられるモノか! そう簡単に命を懸けるなど――」


「くくくくくくくっ!」


 女神が、何故か大笑いしている。


 ……狂ったのか?


 カルヴァンは、女神を前に狼狽えた。


「今度は、何を考えている?」


「いや、妾も同じ意見じゃと思うてな?」


 笑顔を絶やさない女神の姿は、カルヴァンにとって狂気を孕んでいるようにも見えた。


「まったく、簡単に他人のために命をかけよって、本当にお主様はお人よしで――いや、お主様は最初から、そういう大馬鹿者じゃったな」


 女神が小僧の頭を撫でているのを見ながら、己が勘違いしていたことにカルヴァンは気づく。


 この女神は、心の底から、この小僧を愛しているということか。


 カルヴァンは女神の笑みを見ながら、ミーナの影へと戻ることに決めた。


「カルヴァン殿も行くのか?」


「……俺様を止めることは、貴様にはできまい」


「そうじゃな」


 カルヴァンの答えに、女神は同意しながらも笑う。


 その笑顔を前に顔を顰め、カルヴァンは口を開いた。


「……俺様は、最後までミーナに付き合ってやる。ただ、それだけだ」


 カルヴァンが姿を消すと、書斎は水を打ったように静まり返った。


 そんな世界で、女神は愛する者の体を抱く。


「妾は、信じておる」


 たった一人で残された女神は、ゆっくりと言葉を続ける。


「妾の信じるお主様の力を、お主様も信じてくだされ」

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