212


 くしゅん。


 小さな病院の受付で、鼻をかむ白衣の獣人がいた。


 誰かが自分の噂話でもしているのだろうか?


 そんな疑問を持ったウサギの獣人である彼女は、その名をメイという。


 メイは今日も笑顔を絶やさずに過ごしていたのだが、今日はいつもに増して患者様が現れない。閑古鳥が鳴いているのはいつものことだが、予約を入れていたカルテさんですら現れないのは妙だ。カルテさんは神経質で嫌味ったらしいところがあるから、会わなくても良いのならそちらの方が嬉しいけれど。


 考えてみれば、受付嬢なんて患者が多くても良い事などひとつもない。


 どうせ給料は時給制だし、この暇な時間を享受するべきだ。


 いや、待て。


〝悠久の魔女様は、絶えず民を見る〟とも言うし、もっと真面目にした方がいいのかも知れない。でも、そもそも患者様が少ないという事は、それだけ皆が健康だということでもある。


 ……どちらが正しいのだろうと思いながら、やけに通りが静かなことに気づいた。


 自慢の長い耳をぴくりと動かして通りの音を拾うが、馬車のひづめの音ですら聞こえてこない。世は事もなし。少しぐらい、気を抜いても良いかも知れない。


「これも悠久の魔女様のお陰ね」


 メイは隠すこともなく欠伸あくびを漏らして、受付のカウンターに突っ伏してしまった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る