ミーナと生贄の儀式
208
「どうして?」
嵐が通った後のように、私たちのいる書斎は荒れ放題だった。
儀式の発動によって吹き荒れた風はすでに治まっており、床には数えきれないほどの国籍登録書や本棚から飛び出した書物が散らばっている。儀式に使用した魔法陣はまだ鼓動を打つように明滅を繰り返していて、
「どうして、儀式が中断されたのですか!?」
「理由など、ひとつしかなかろう?」
私の前で、タルサさんはシュウさんに向かって膝をついた。
タルサさんは慈しむように、シュウさんの頭を膝に乗せる。
シュウさんはまだ息をしていて、その体が生きていると分かるが――意識を失っていることから、その魂がこの魔法陣に飲み込まれているのは明らかだ。深い呼吸を繰り返しているのは、生物的な反応がその肉体に残っていることを表しているに過ぎない。
つまり、術式に不備はない。
つまり、あるのは別の問題で――
「ミーナ殿の集めた生贄が、足りておらぬのじゃ」
思考の先を答えられ、私は眉を寄せた。
なぜなら、それも不自然だからだ。
「シュウさんの容体を見れば、国籍登録書が間違いなく機能していることは明白です。間違いなく百万人分の数があったにも関わらず、なぜ……生贄が足りないのですか?」
タルサさんは、私の言葉に笑みを漏らす。
「妾はな? ミーナ殿が生贄の数をきっちりと調整しておるのを知っておった。その隙をつかさせてもらったという訳じゃが、その方法はいたってシンプルじゃ」
タルサさんは、もったいぶるように間を開け、その答えを口にする。
「偽名じゃよ」
「……偽名?」
「ヘッド殿は、獣人族のスパイとしてこの国へと潜入した軍人じゃ。そのために、国籍登録書には偽名を記入し、この国では〝ウルフ・ヘッド〟という偽名で生きておった」
「ふざけるな!」
カルヴァンが、タルサさんに怒鳴る。
「偽名などで俺様の儀式から逃れられるものかっ!! この儀式に必要なのは真名ではなく、同意したという本人の意思と直筆のハズだ!」
「……確かに、普通の偽名であれば、カルヴァン殿の言葉は正しい。さすがは本物の悪魔の扱う黒魔術よのぅ? これほどの高等魔術には屈服せざるをえぬ」
しかし、タルサさんはニヤリと笑って続ける。
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