『異世界でエルフはメイドになる!』3

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 ミーナとネルは村と国を捨て、根無し草のような生活を十年続けた。


 他国を渡り歩く間には盗みを働いたこともあるし、逆に盗賊に襲われたこともある。危険な若い女の二人旅だったが、二人で一緒にいれば問題はまるでなかった。


 その理由は、ミーナの影の中にカルヴァンがいたからだ。


 カルヴァンと交わした〝姉を助けたい〟という契約はいつまでも有効であったらしく、襲い掛かってきた盗賊はむしろカルヴァンにとっては食事の時間でしかなかったし、山賊を生贄として扱うことで、カルヴァンは様々な知識を与えてくれた。


 それは例えば、転生者とはどういう存在なのかという説明や、ネルの〝願い〟の細かな性質や応用の仕方、はたまた神ランキング協会という制度の存在もカルヴァンが調べてくれたし、ミーナには扱えないような魔術や術式も、ネルはカルヴァンから教わっていく。


 また、二人の村が襲われた理由も、カルヴァンはミーナに教えてくれた。


 エルフの国アスガルは他国の脅威に対抗するために、カルヴァンという強力な悪魔を手駒に加えようと企んだ。つまり、村を襲ったのはアスガルの正式な兵士であり、村人はカルヴァンを召喚するために生贄にされたのだという。


 ミーナはそこまで聞いて、ネルが「誰も信じない」と言い、自分を連れてアスガルから逃げてきた理由に思い当たった。


 恐らく、ネルはあの時にはすでに事実を知っていたのだろう。


 二人の放浪生活は、カルヴァンの手伝いもあって順調に進んだ。


 カルヴァンの力は戦闘でもっとも効力を発揮するのは一目でも分かる事実で、ネルはさっそく神ランキング協会に神として自らを登録し、野党や魔獣を倒すことで魔力や金銭を稼ぐようになった。ミーナが寝ている間にもカルヴァンの講義は続いていて、ネルはいつの間にか、カルヴァンの教えてくれた魔術と自らの願いである〝変える〟力を応用し〝未来を変える〟という無敵の力も手に入れていた。


 ネルはすでにカルヴァンの力を借りなくても一線で戦える魔術師になっていて、ネルはその力を最大限に利用し、自らの名を〝悠久の魔女〟と改めた。


 エルフの国に絶望したネルは、永遠に続く平和な国という願いを込め、エターナルという名の国を建国することになる。


 そして、エターナルは悠久の魔女の未来視によって、順調に拡大を続けた。


 未来視とカルヴァンの力により危険分子の排除は容易であったし、ネルの思惑通りに、この世界で最も平和な国としてエターナルは知名度を上げていく。


 追い風に乗ったエターナルは、加速度的に規模を増していった。


 恵まれぬ奴隷の買い付けや移民の受け入れはさらに広がり、国民は悠久の魔女を心の底から慕っており、貧富格差の少ない国に、民は幸せを感じているようだった。


 しかし、建国から百年以上経ったある日。


 順風満帆に見えた二人の生活は、唐突に終わりを告げる。


 ミーナが朝食を作り終えて寝室へ向かったが、悠久の魔女は目を覚まさなかった。


 机の上には簡潔に一言だけ書かれた遺書が置かれていた。


 ――私の死を悲しまないで。


 未来視によって豊かで平和な国を創りだした悠久の魔女は、二百八歳というエルフにしては短命すぎる生涯に幕を下ろしたのである。

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