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 この国には、優しさと幸せがある。


 少し買い物に行くだけでも、悠久の魔女様に対する国民の皆さんの優しさを、抱えきれないぐらいに私は実感していて、そんな世界もあるのだと今の私は知ってしまった。


 そんな大切でかけがえのない国を、私は捨ててしまおうと考えている。


 それは許されざる愚行ぐこうだと理性では分かっている。


 でも、それは結局のところ取捨選択の問題に過ぎない。


 なぜなら、私が、最もしたいことは――


 私の胸中で出した答えを、タルサさんは知っているのだろうか?


 すでに知られてしまっているのであれば、タルサさんの目的が分からない。


 昼過ぎから国の方針を話し合って、タルサさんの頭の良さには驚くばかりだった。悠久の魔女様は本当に頭の良いお方だったけれど、それに匹敵ひってきするタルサさんのような人が、他にもいるんだなぁと素直に思う。


 そんなタルサさんを相手に、同じ土俵どひょうで交渉事など、私には絶対に不可能だろう。


「あ!」


「ど、どうした?」


 急に声を上げた私に、カルヴァンが近寄ってくる。


「火加減が強すぎました!」


 いつもの三倍ほどの量を調理しているとはいえ、まきを足しすぎた。


「……そうだな」


 カルヴァンが同意しつつも、ため息をついた。


 カルヴァンの落胆らくたんを横目にしながら、私は思う。


 ……私だって、未来が視えたら良かったのに。


 私の心中のつぶやきに、カルヴァンが応えた。


「悠久の魔女のように未来が視えずとも、あの女神のように全てを知ることができずとも、それと同じことがミーナにはできるのだぞ?」

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