ミーナとカルヴァン

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 夕暮れ時。


 私はお屋敷の台所で、底の深い大鍋を使いパスタをゆでていた。


 このお屋敷には立派で広々とした台所が備え付けてはあるものの、その真価を発揮することは今まで一度もなかったし、これからもないだろうと考えていた。


 それは悠久の魔女様が、できうる限り他人との接触を拒んでいたからだ。


 今日は四人分の夕食を準備しているが、私は長らく自分と悠久の魔女様の二人分の食事しか作ってこなかった。


 悠久の魔女様と私は小食だろうと想像がついたけれど、それゆえに年頃の男の子と戦士であるメリッサさんの食欲がどれくらいかが予想できない。……想像でしかないけれど、何となくタルサさんも大食漢だいしょくかんな気がする。


 そこまで考えて、その考えが失礼なのだと気づく。


 確か、大食漢っていうのは男の人にだけ使う言葉だった気がする。


 ……失礼に当たらず、大飯食おおめしぐらいな女性を指す言葉は無いのだろうか?


「ミーナは、また呑気のんきなことばかり考えておるな?」


 不意に、私の名を呼ぶ声が背後から届いた。


「ミーナの思考は俺様と同期どうきされておるのだから、そう馬鹿なことばかり考えるな」


 私が振り返ると、自分の影からにょきりと黒い塊が盛り上がっている。


 その塊の中心には二対の瞳が生えていて、私のことをまっすぐ見つめていた。


「起きていたんですね?」


「ずっとあの女神が見張っていたからな。陰から様子をうかがっていた」


 カルヴァンは、私の影に住んでいる使い魔だ。


 カルヴァンは私に付き従っているが、それは契約があるからに他ならない。


「カルヴァンのことも、タルサさんは気づいておいでなのでしょうか?」


「……あの女神の願いが〝知る〟ことなのであれば、気づいておるのは間違いなかろう。それどころか悠久の魔女とミーナの関係性すらも〝知って〟いて干渉かんしょうしてきておるに違いない。そうなれば、あの女神が裏切った場合に――」


「タルサさんは、悪い人なんでしょうか?」


「……ミーナは、どうしてそこまでお人好しなのだ?」


 会話を続けながらも、料理のために腕は動かし続けている。


 私はぐつぐつと沸騰して気泡が上がる鍋を見つめて思う。


 この世界は、確かに醜悪しゅうあく劣悪れつあくだ。


 卑劣ひれつで、卑怯ひきょうで、非人道的ひじんどうてきで。


 それも間違いのなく、この世界の姿だ。


 でも、悠久の魔女様が私のために創り出してくれたこの国だけは、そうではなかった。

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