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 俺は分かりやすく怒ってみるが、メリッサさんは笑うだけだ。


「でも、実際のところシュウはすじがいいぜ? タルサの姉御あねごが言ってた通りだが、シュウは褒めると伸びるタイプだな!」


 言われるまで気づかなかったけれど、俺は褒められて伸びるタイプだったのか。


 むしろ剣を振り始めた俺の感想としては、


「メリッサさんが教えるのが上手いからですよ」


「まぁな!」


 謙遜けんそんしねぇのかよ。


 心の中でツッコミつつも、それも俺の本心だった。


 剣を素振りするだけでも、メリッサさんは〝剣の自重と重力を利用すること〟や〝いつどこの筋肉を使うのか〟とか〝重心の移動の仕方〟などの具体的で分かりやすい説明をしてくれる。


 例えば手足の皮がめくれた時の対処も、我流では気づきにくいだろう。


素人しろうとの皮がめくれるのは仕方ないが、そんなもん気にしてたら何時いつまで経っても上達しねぇからな。かといって、痛みを放置すりゃ逃がすためにフォームが崩れる」


 先ほどそう言って包帯を巻いてくれた。


 ちなみに、メリッサさんは剣の腕だけなら、ヘッドよりも上らしい。


 この夫婦はどちらかといえばヘッドが参謀さんぼう担当で、メリッサさんが現場担当だ。


 稽古をつけてもらいながら、からっとした性格のメリッサさんに、ヘッドが惚れた理由も何となく分かる気がした。


 素振りを続ける俺を、タルサがよだれをらす勢いで見つめている。


 俺を見て楽しいのは百歩譲って分かるが、もはや恋する乙女じゃ説明がつかない顔だぞ。


「この調子であれば、三日後に帰ってくるヘッド殿ぐらいなら打ち取れそうじゃなっ!?」


「そりゃさすがに無理だろ!?」


 タルサの言葉を否定するが、正直に言えば褒められて悪い気はしない。


「くくく。お主様には信じられぬかも知れぬが、お主様は天武てんぶの才の持ち主なのじゃ」


 俺に笑顔を向けながら、タルサは言葉を続ける。


「お主様は伸ばそうと思えばいくらでも伸ばせるという恐ろしい才能を秘めておる。これは続ければ自ずと答えが出るゆえに楽しみにしておれ――というか、わらわも楽しみじゃ!」


 タルサの表情は本気で言っている様に明るくて、俺は意外だと思った。


 タルサはガチガチの現実主義者で、こんな冗談を言うのは珍しい。


 もしかしたら、本当に俺って剣の才能があるのかも……なんてな。


 でも、もしも、俺にタルサの言うような天武の才があるのなら、いつか俺がタルサを守れるような男になれるかも知れない。


 俺はますます上機嫌になって、夕暮れまで素振りを続けた。

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