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「続けて素振り五百回な!」


「……マジっすか?」


「マジマジ!」


 俺の情けない声に、メリッサさんは豪快に笑う。


 俺たちがいるのは、悠久の魔女のお屋敷にある広大な庭園ていえんの一角だった。


 俺はそこで、メリッサさんに手の指の包帯を巻き直してもらっている。


「男が女々めめしいこと言ってんじゃないよ! シュウはこれから命懸けの戦いをするかも知れない。そんな周りとの遅れを取り返すために、命懸けで剣を振るう必要があんのさ!」


「……が、頑張ります」


「んじゃ、その男気に敬意を表して千回にするか!」


「マジっすか!?」


「マジマジ!! 応急手当と無駄話はこれで終わりだ。さっさと始めないと日が暮れちまうよ?」


「うぅ……が、頑張ります」


 俺は皮がめくれてしまった指で、改めて買ってもらった護身用の剣に手を伸ばす。


 馬車で話し合った後、ヘッドは街に戻り、残りの俺たちは昼飯をミーナさんにご馳走になった。そして、それから俺は、メリッサさんに剣の稽古をつけてもらっている。


 始めた頃はてっぺんにあった太陽は、すでに傾き夕焼けも近い。


 この稽古が始まってからすでに何時間も経っているし、両足の裏も踏み込みに合わせて皮がめくれて痛かったりする。その様子までもしっかりと把握するメリッサさんの観察眼は大したもので、こういった指導の心得があるのかも知れない。


 包帯を張って巻いてもらうことで多少は痛みが薄れているが、こんなことなら転生する前に剣道でもしてれば良かった。


「汗を流すお主様も素敵じゃなっ!?」


 届いた声に目をやれば、タルサがお屋敷から走ってくる。


 タルサは俺たちと別れてからも、今後の方針などをミーナさんと話し合っていた。そんなタルサは、すでに色々なことに手を出しているに違いない。


 政策に対して力になれないのは理解していたし、お荷物になるのは目に見えていたが――こんな分かりやすく蚊帳かやの外で稽古をさせられるとは思わなかった。


「最初よりも腰が入っておるし、なかなか様になってきておるではないかっ!」


 タルサは俺のすぐ横まで来て、興奮気味に口を開いている。


 見え透いたお世辞だとは思いつつも、目を輝かしているタルサの表情を見て、どうしても心が浮ついた。タルサにねぎらって貰えると、それだけで疲れが吹っ飛ぶ気がする。


 思わず素振りにも力がこもる。


「男ってのは、やっぱり好きな女の前でカッコつけたいんだな?」


 メリッサさんが俺の背中を肘で小突いてニヤついている。


「危ないんで……やめてください」

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