俺と狼男さん

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「お主様ぁ!」


 宿やどをチェックアウトして表通りに出た俺に、女神――タルサメシアが駆け寄ってきた。


 タルサは見慣れた女神丸出しの白いローブ姿ではなく、昨日買った民族風衣装を着ている。それは赤と黒を基調にしたドレスで、腰の部分をリボンでむすび締め付けているために、大きな胸が強調されていた。


「この服、似合っておるかっ!?」


 笑顔いっぱいのタルサが、くるりと回転する。


 スカートのすそと、タルサの腰まで届く金髪がふわりと広がって――素直に綺麗だと思う反面、その仕草にドキリとした。タルサは本来の意味でも女神だけれど、今のタルサはそれを比喩ひゆ表現として使ってもいいぐらいだと思う。


 なぜなら、タルサは顔はいつもの不敵な笑みでなく、素直な満面の笑みだったからだ。


「……すごく、似合ってるぞ?」


 照れて反らしてしまう俺の顔を、タルサが覗き込んでくる。


「お主様も素敵じゃぞっ!」


 俺はその台詞せりふに思わず空を仰いだ。


「あざと可愛い!」


 俺もタルサと同じ様に、昨日買った民族風の衣装だった。


 俺がタルサとついになるような服を買っても見劣りするだけだと思うけれど、タルサは俺を見ながら満足そうに笑っている。


「まったく、お前たちは本当に幸せそうだよなぁ?」


 そんな俺たちに向けて、小さなため息が聞こえてくる。


 その声に視線を向けると、そこには狼男さんが立っていた。


「おはようございます!」


 俺の挨拶に、狼男さんは片手をあげて応えてくれる。


「今日はよろしくな」


 狼男さんは珍しく酒の瓶を持っておらず、代わりに刃渡り五十センチほどの剣を腰に付けていた。これが普段のスタイルなのだろうけれど、素面しらふの狼男さんに会うのは初めてだ。


 タルサは狼男さんを値踏みするように見て、俺の右腕に抱き着く。


 ……タルサのたわわな胸の柔らかさを、肘で感じた。


「妾とシュウ様のラヴラヴを魅せつけてやっておるというのに嫉妬しっとせぬとは――なかなか良い伴侶はんりょに恵まれた獣人じゃ。そういえば、シュウ様が世話になったのを妾は知っておるぞ? 礼が遅くなってすまぬな。あの時は大儀たいぎであった!」


 礼を口にしているとは思えない偉そうな態度だが、狼男さんは軽く笑い返してくれる。


「俺も悠久の魔女様に借りが作れるなら助かるからな。そこは持ちつ持たれつってことで。荷物とかあるか?」


 狼男さんの後ろには馬車がひかえていて、その御者ぎょしゃとしてメリッサさんが手綱たづなを握っている。狼男さんと女騎士のメリッサさんは夫婦だと聞いたことがあるし、仕事を請け負う場合に、二人はセットで行動しているのだろう。


 俺たちは現世で着ていた服とノートパソコンをまとめた鞄を積み込み、馬車に乗り込んだ。


 目的地は、エターナル国の首都ミッヘルンにある、悠久の魔女のお屋敷だ。

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