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「お主様の腹の中には、あの食事がストックされておる」


 タルサはポケットをまさぐり、爪楊枝つまようじを差し出してくる。


「お主様よ、よく聞くのじゃ」


 タルサが、真剣な眼差しで俺を見つめていた。


「この爪楊枝は、お主様の〝願い〟によって生まれた魔力の結晶じゃ。お主様の願いを発動するためには大量の魔力が必要じゃが、この爪楊枝と合わせ、お主様の腹に残るカレイのみりん漬けを使えば――一度ぐらいは願いを叶えることが可能となろう。現世の運命を変え、生き返るほどの願いを叶える魔力には足りぬが……この世界で生きていくにあたり、その魔力はお主様の助けになるハズじゃ。いざという時、その魔力を使うのじゃ」


 タルサがこの世界で強かった理由が、分かった気がした。


 タルサはあの時、魔力の塊であるカレイのみりん漬けを食べ、魔力を得ていたんだ。


「そこまで考えて、タルサは俺と一緒に飯を食ったってのか?」


わらわは計算高い女じゃと言ったはずじゃよ?」


 タルサの持つ爪楊枝を受け取った。


 タルサは出会った時からこの瞬間まで、それどころか未来も含めて、俺を助けてくれていた。


「……最後に、妾が最も知りたいことを、教えてくだされ」


 タルサは目を細め、口を開く。


 


「お主様はまだ〝死にたい〟と思っておるのか?」




 しかし、その質問の意味が、俺にはよくわからなかった。


「俺が〝死にたい〟なんて、タルサに言ったことあったか?」


 タルサがきょとんとした顔で俺を見つめていた。


「……俺は〝死にたい〟なんて、本気にしたことないぞ?」


「そうか」


 俺の言葉を聞いて、タルサは本当に嬉しそうに笑った。


「その言葉を聞けただけで――妾は、嬉しい」


 その意味深な笑顔を見て、俺はようやく思い出せた。


 それは俺が、現世で死ぬ前のことだ。


 あの時、俺は〝はずれ〟と書かれたアイスの棒を手にしながら〝死にたい〟とつぶやいた。それは俺にとって、些細ささいな、まるで冗談のような言葉だった。あの時の俺は、自分が死ぬなんて、これっぽっちも考えていなかった。


 しかし、それは俺の視点に過ぎない。


 俺の死を目の当たりにしたタルサにとって、あの言葉の重大さが、どれだけのモノか、ようやく分かった。




 タルサはずっと、俺の言葉にしばられて生きてきたってのか?


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