俺とタルサ

90


 それは長い話だったが、タルサは自分の人生を、俺に聞かせてくれた。


 タルサは天井に向けていた視線を俺に向け、改めて口を開く。


「お主様の〝願い〟が発動する時に〝お主様の書き込んだ文章を最も自然な形で具現化する〟という話をしたのを覚えておるか?」


 俺がうなずき、タルサは続ける。


「コロナ殿に〝解放〟してもらったじゃろう? 〝俺のことが大好きな〟の一文が無くなっても、わらわは変わらずお主様のことをいたままじゃった。つまり、妾がお主様に選ばれたのは、妾が女神であり、全てのことを知りたいと願っており、お主様のことを大好きな魂だったから、というわけじゃ。妾以上にお主様を好いており、何もかもを知りたいと願い、女神である魂など、他にはおらぬ」


 タルサは優しく笑っていた。


「妾は現世でお主様に助けられ、人生を与えてもらえた。しかも、それだけでなく――妾はお主様の書き残した物語から魔力と勇気をもらった。あの物語が無ければ、妾はもっと早くに死んでいたじゃろう。妾の人生は、お主様なしでは成り立たぬ」


「……だからって、こっちでも死に急ぐ必要はないだろ?」


 俺の歪む表情に、タルサはまた笑う。


「お主様は知らぬから、あの黒い腕の恐ろしさが分からないのじゃ。妾の知る能力だけでは、別世界から持ち込まれる新たな願いへの対応は難しい。例えば〝殺す〟という願いをもつ天使が転生した瞬間、黒い腕に敵対している妾は死ぬじゃろう。それを避けつつ、お主様が〝現世へ戻るための魔力を貯める時間〟を作るには、これしか方法が思いつかなかったのじゃ」


 タルサは全てを知っていて、だから、間違いを犯すことは無いのかもしれない。


 それが最適解なのかもしれない。


 でも、そんなのってあんまりだ。


「妾はお主様に生き返ってほしい。妾のために失われてしまったお主様の人生を、この手で取り返したかった。妾はお主様の得ていたハズの人生を知りたいのじゃ」


 タルサが、不意にニヤリと笑った。


「話が変わるが――カレイのみりん漬けが美味かったのを覚えておるか?」


 覚えていた。


 でも、それにどんな意味があるのかわからない。


 初めてタルサと一緒に飯を食べた時には、こんなことになるなんて思いもしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る