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 個室のベッドにタルサを寝かせ、ロウは数回の質問と触診しょくしんを済ませた。


 ロウは頭をかき、俺へ視線を向ける。


「病気じゃなくて呪いなら、俺の専門外だ」


「じゃろうな」


 冷静なタルサの受け答えを、悔しく思う。


「俺は難病だろうが臓器を病気から〝守る〟ことで凌げるが、コイツは時間稼ぎもできねぇ。この呪いは体と同化してやがるし、体の端から細胞が壊死えししていくのは止められねぇ」


 ロウは煙草たばこに火を点け、消えゆく煙を睨むように見上げる。


「俺にできるのは、痛みから神経を〝守る〟ぐらいだ」


「それだけで十分じゃ」


「……最後に話し合う場所ぐらい貸してやるさ」


 ロウは俺の背中を叩き、個室から出て行った。


 またしても静寂せいじゃくに包まれた部屋で、俺はタルサを見つめている。


「お主様、そんな顔をするな」


 タルサは眉を寄せ笑った。


「お主様のお陰で、わらわは苦しまずにける。それだけでももうけものじゃ。逝くその瞬間まで、お主様と話もできるじゃろう」


「……今からでも、あの取引を取り消せないのか?」


「妾の死を悲しむでない。これで妾の目的が達成され、お主様をあの黒い腕から必ず守り通せる。それは妾にとって、何よりも価値があることじゃ」


「……俺なんかには、タルサが命をけるほどの価値なんてねぇよ!」


 俺の言葉に、タルサは笑う。


 なぜだ? 


 どうして、自分が死ぬというのに、笑っていられる?


「お主様は――いつになったら自らの価値に気づくのじゃ? 妾はすでに、お主様には充分すぎるものを貰っておる。妾は昔、お主様に命を頂いておる。そのお返しには、命を懸けてお主様を守るしかなかろう?」


 どういう意味だ?


「……俺はタルサを助けたことなんてないだろ?」


「くっくっくっく」


 タルサは優しく笑い、続ける。


「妾が死ぬほどお主様を愛しておる理由は簡単じゃ。お主様が現世で死んだ時に、金髪の少女を助けたであろう?」


 タルサの言葉にうなずくが、まるで理解できない。


「あの少女が、妾なのじゃ」

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