85


 甲冑かっちゅうの天使が目をそむけ、さらにランスを突き刺し、コロナは動かなくなった。


「――たとえ不死身でも、動かす筋肉が無けりゃ意味がないだろ?」


「……はぁーあ」


 不意に、緊張感のない欠伸あくびが聞こえた。


 目をやれば、天使に抱かれた少女がまぶたをこすっている。


「……私、もう眠くなってきちゃった」


 少女の言葉に、黒い腕が笑った。


「――そうだな? ――すでに目的は達成した。――これ以上の長居ながいは不要だ。――よくやったな。――家にはケーキも用意してあるぞ。――早く帰ろう」


「ケーキ嬉しい! パパありがとう! ……って、まだ、あなたがいたんだったね」


 血だまりを前に喜ぶ少女と黒い腕を前に、俺はただ立ち尽くしていた。


 恐ろしさから足がすくみ、逃げることすら、できない。


「――ひひひひひひ。――創造神よ。――お前の役目はもう終わった。――お前の力はもう消してやった。――お前はもう無価値だ。――お前はもう無意味だ。――お前には何もできない。――あの女と同じように、野垂のたにするのがお似合いだ」


 最後の言葉に、理性が戻ってくる。


「タルサに、何をしやがったっ!?」


「――ひひひひひひ。――望み通りにしてやっただけだ。――俺に取引を持ち掛けるなんて大馬鹿だ。――俺と同等だと勘違いしやがって! ――だから創造神の力も消した! ――後はお前が死ぬのを待てば俺の勝ちだ! ――五百六十七番コロナの願いが使えなくなった。――この世界は、俺が手に入れる!」


「これで、タルサのお姉ちゃんを助ける方法は存在しなくなったね?」


 少女が俺に笑顔を向け、俺はそれをにらみ返す。


「やっぱり、タルサを助けたいって言ったのは嘘だったのか」


 俺の言葉に、少女は首を横に振る。


「私はタルサお姉ちゃんを助けたんだよ?」


「どういう意味だよ!?」


 俺の叫び声に、黒い腕が笑っていた。


「――馬鹿なお前にも教えてやるよっ! ――あの女は本気で死にたがっている。――それは、俺の取引によって、お前を助けられると信じているからだ! ――この子は優しい子だ。――あの女の目的を果たすために。――あの女の死を確実にするために。――この世から〝創造の力〟と〝解放の力〟を消してやった!」


「本人が選んだ願いを叶えてあげるのが、正しいに決まっているでしょ?」


 黒い腕の影が広がり、三人の天使と少女、横たわるコロナを包んでいく。


「無能力者のあなたに、最後のプレゼントをあげる」


 黒い腕と少女、そして三人の天使とコロナの姿が、影に飲み込まれる。


 そして、彼らと入れ替わるようにして、一人分の人影が現れた。


 残された血だまり中心で、タルサが倒れていた。


「……タ、タルサッ!」


「あとは二人で楽しんでね!」


 少女の声が消え、夜の道は一転して静寂せいじゃくに包まれた。


 俺はタルサに駆け寄った。


 タルサに外傷はなさそうだが、顔色は真っ青だし、その吐息は細い。


 体を抱くと、タルサは薄く目を開く。


「お主様には心配をかけずに逝くつもりじゃったが……すまぬ」


 それでも笑顔になるタルサに、なんて声をかければいいのか分からなかった。

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