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 あと一歩で表通りへと出られる寸前すんぜんで、タルサが歩みを止めた。


 俺はその後姿を見つめながら立ち止まる。


 くるりと振り返ったタルサは、笑っていなかった。


「お主様よ、これを受け取れ」


 タルサが差し出してきたのは、麻袋あさぶくろに入った硬貨だ。


「タルサ?」


 俺が麻袋を受け取ると、タルサは頭をかいて、


わらわはこれから、お主様と手を組むことはできぬ」


「……なんでだよ?」


「すまぬ」


 タルサは困ったように眉を寄せた。


 自分で言っておいて、俺の疑問はまるで的外れだと気付く。


 タルサは俺と別れる理由ができたんじゃない。


 タルサが俺といる理由が、無くなったんだ。




「妾はこれから、あの黒い腕と手を組む」


 


「……どうして、そうなるんだよ?」


 でも、理由ぐらいは聞かなきゃ、納得できない。


「妾は効率主義者じゃ。妾の目的は現世に生き返ることであり、そのためにお主様の願いを利用しようとしたが――それよりも、もっと確実で手っ取り早い方法がある」


「その方法って、何なんだ?」


 俺のことをまっすぐに見据みすえ、タルサは答えてくれる。


「この世界はすでに、黒い腕の手中にあるといっても過言ではない。現世から次々に願いを持つ天使を送り出している天使の軍勢は、この世界にとって最大の脅威である。その転生した天使の中に〝現世へと戻れる願い〟を持つ者が生まれるのは時間の問題じゃ」


 つらそうな表情のタルサを、俺は初めて見た。

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