58


 俺はパソコンから目を離し、タルサへ振り返った。


 そこには、当然のようにタルサが立っていた。


 気の強そうな視線と、人を小馬鹿にするような口元。金の長髪と陶器とうきのように白い肌。胸は本当にデカい。タルサの見た目は、何も変わっていない。


「……やはり、わらわの思った通りじゃったか!」


 タルサは俺を見返し、ニヤリと笑っていた。


「コロナ殿よ。ひとつだけ忠告ちゅうこくしておく。これからは妾のような〝探索系〟の願いにも見つからぬように、定期的に〝解放〟の願いを行使するのじゃ。全ての願いから解放され続ければ、コロナ殿は誰にも見つからずに生きていけよう」


「……忠告はありがたいのですが、元々そのつもりです。私は潜伏せんぷくする前に、どうしてもタルサ様に聞かなければならないことがありましたから」


「くっくっく。妾をわざと呼び寄せたというわけか? 妾が来るよりも先に、天使の中に〝探索系〟の願いを持つ転生者が現れる可能性だってあったじゃろう? コロナ殿にとって、先ほどの問いは、そこまで危険を犯してもでも知りたい問いじゃったのか?」


「はい」


「……これから、コロナ殿はどうするつもりなのじゃ?」


「私は、私と同じ願いを持つ仲間たちを、必ず解放してみせます」


 コロナの宣言に、タルサは笑みを消した。


「それがどれほど困難な道か、コロナ殿は知っておるのか?」


 コロナをにらみつけているタルサは、何が言いたいのだろう?


 何も分からないのは俺だけなのかもしれない。


 二人の会話を聞きながら、歯痒はがゆく思う。


「私はこの力で仲間を解放したいのです」


 力強くタルサを見返すコロナだったが、タルサの表情はけわしいままだ。


「仮に、心の底からあの黒い腕に従う天使がいた場合、コロナ殿はどうするのじゃ? そのような場合、コロナ殿の〝解放〟の力を使ったところで、その天使はコロナ殿を襲うぞ?」


 コロナはきょを突かれたように、眉を寄せていた。


「本心から王の手先として生きる天使が、いるというのですか?」


 コロナにとって、それは信じられないことのようだった。


 確かに、タルサが言うように、本心から黒い腕に仕える天使がいた場合、コロナの〝解放〟の力は無意味だろう。それぐらいは俺にだって分かるが、あの黒い腕は天使達にうらまれているに違いなかった。だから、タルサの言葉は俺にも理解できない。


「黒い腕に仕えるなら敵だし、その場合は天使でも倒すしかないんじゃないか?」


 俺の言葉に、タルサは首を横に振る。


「お主様よ、これはそう単純な問題ではないのじゃ。〝解放〟の願いは転生者の最強の武器である願いを正面から切り崩せるほどに強力じゃが、逆に言えば願いや拘束こうそくすることに頼らぬ戦闘では無価値じゃ。妾の真意がわからぬ程度ではコロナ殿に勝ち目など――」


「こうしている間にも、現実世界では同胞どうほうが殺されています」


 コロナがタルサを睨み、口を挟む。


「無茶を承知でも、私は抗わなければならないのです」


 タルサはコロナから視線を外し、ため息をついた。


「妾は部外者じゃ。コロナ殿がどのような信念を持ち、どのような無謀むぼうな戦いを挑むのも自由じゃよ。しかし、これだけはきもめいじよ。コロナ殿の存在は、天使達にとっての希望であることは間違いない。その力の使い方を間違えるな。勝機を見定めよ」


「……熱くなってすみません。ご忠告ありがとうございました」


「さて、ここでの用事も全て終わった」


 タルサは身を翻す。


「お主様、行くぞ」


 今来た通路へと、タルサは戻っていく。


「待ってくれよ!」


 俺はパソコンをたたんで、タルサを追った。

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