私と魔法と彼の物語

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 二〇二〇年八月十日。


 私があの交通事故を経験した翌年の夏――その日、人類にとって新たな歴史が刻まれた。


 日本の科学者、斎藤さいとう兼光かねみつ博士が新たなエネルギー理論をとなえたのだ。


 まるで奇跡とも呼べるエネルギー保存の法則を無視した彼の理論は、再現性の高さから利用可能な新エネルギーとして、ニュースで連日報道されていた。


 人体の新たなる可能性を示した彼の技術を、人々は〝現代の魔法〟と呼んだ。


 報道された彼の理論は以下のとおりである。




・心の働きには精神エネルギーが活用されている。


・精神エネルギーは、とある環境下において現実世界の物理法則に作用する。




 人類は知らずのうちに精神エネルギーを活用しており、その最たるものがプラシーボ効果と呼ばれるものだ。プラシーボ効果とは本来、思い込み等の暗示作用による治癒ちゆ効果であるが、これの本来の原因が、精神エネルギーによる患部かんぶへの治癒効果であったというのである。


 コメンテーターがかたっていた例を、私は今でも覚えている。


〝痛いの痛いの飛んで行け〟ってあるじゃないですか? あれも魔法の一種ですよ。脳内にある精神エネルギーを媒体ばいたいに、呪文という術式を通して痛覚を和らげる結果を得る。複雑な魔法でも、この構図は変わりません。


 朝食を食べながら見たそのニュース番組が、私と魔法の出会いだった。

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