私は助けられた

20


 その時、私には何が起きたのか分からなかった。


 私は誰かに後ろから押し出され、地面に手をついて歩道に転がっている。


 疑問を持つよりも先に、背後から耳をつんざく衝突音が聞こえた。


 顔を上げて振り返ると、私のすぐそばの歩道に沿って設置されたガードレールがひしゃげ、歩道用の信号機に傷跡が残っていた。ガードレールや信号機に衝突しても、トラックの勢いは収まらなかったらしい。暴れるトラックは弾けるように反対車線へと向かい、乗用車と正面衝突していた。


 悲鳴が耳に届き、鳥肌が立った。


 トラックと乗用車の前面はぐちゃぐちゃに凹んでいる。


 交通通事故、だった。


 その光景に驚いている私は、ガードレールの前に、赤いモノが横たわっていることに気づく。


 その服装を見て気づく。


 ソレは、私と一緒に信号待ちをしていた男の人だった。


 いや、それはすでに人とは呼べないモノに成り下がってしまっていた。


 すでに彼は人と同じ形の四肢をもっておらず、引き千切られ伸ばされたそこには、内臓や骨がむき出しになっており、バケツをひっくり返したような赤が広がっている。


 一歩間違えば、私がそうなっていたに違いない。


 運よく歩道に突き飛ばされなかったら――いや、違う。


 これほどの衝撃を受けて、それに巻き込まれた私が無事であるはずがない。


 ようやく気付いた。


 彼は私を助け、死んだのだ。

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