それは「死者を生き返らせること」
カーテンを押しのけて室内に舞い込んだ風が、昨日よりも涼しく、夏の面影が秋に
アロマキャンドルを
すこし都合が良すぎたかな。
私の小説はありえない展開ばかりだと痛い指摘を受けたっけ。
いいじゃない、物語なんだから。
唐突に誰かに肯定されたくなった私は、
そのうちの一枚は、恩師からだった。
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秋風にたなびく雲が気まぐれに
ぼくからのファンレターにさぞかし驚いたことでしょう。
先日、〈夏の雪解け〉を寄贈していただいたお礼に、この手紙をしたためた次第です。
荻原さんの
言葉足らずですが、とても温まる物語でした。
(中略)
それでは、どうか無理はなさらず、くれぐれも体調には気を付けてお過ごしください。
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手紙に目を通した私は、三つ折りに
フィクションとは違い、現実には救いなどないのだとつくづく実感させられるよ。
救いはなかったが、ヒーローはいた。
腐りきった現実世界でただひとり、窪田くんだけは本物のヒーローだった。
でも最初は、何の期待もしてなかった。私を
私を虐める人間にも種類がある。もとから虐めようと悪意を持って近づいてくるやつと、雰囲気に流されたり周りがそうするから何となく虐めてるやつ。窪田くんは後者だった。
取り立てて恨みもないくせに、私に危害を加えてくるのは悪意よりも腹立たしいことだけど、義父による徹底的な暴力に
だからもし窪田くんが話しかけてきて、「ごめん」と一言謝ってさえくれれば、水に流してやろうくらいには考えてたかな。
高校三年生の十月。身体が成熟するにつれて性的暴行も酷くなってきたし、安全な場所がもうすぐなくなると知った私は、
逃げようと思えば、いつだって逃げられた。そうしなかった理由は、はっきりいってわからない。
どうやって生きたらいいのか私にはわからなかったし、訴えたあとの復讐も怖かったし、そもそも逃げようなんて意志すら奪われていたんだと思う。ただ生きて、踏み
十月はたまたま一人で生きようと考えたのであって、やっぱり死のうと考えたら自殺していたと思う。
とはいえ、私が死のうと考えるのはうんと先の話だろうね。自分自身の境遇に絶望して死を選べる人は、幸せを知っているからなのだ。
私はずっと不幸だった。私は、私が幸福な瞬間を知らない。身体に消えない傷をいくつも残された自分が不幸とすら、当時は考えてなかったのかもしれない。
そうでなければ、私があのとき、「窪田くんも頑張れ」なんていえなかったと思うよ。
自分から一度も話しかけてこなかった彼は、小説と同じように私を思いきり泣かせて、あの男から救いだしてくれた。
これだけは本当の話。
残りはぜんぶ作り話。
私は、あの男の遺体に火を放って証拠隠滅できるほど機転の
死んでしまった彼の心は、知るべくもない。
なぜ話しかけなかったのか。なぜ救ってくれたのか。なぜ殺害を選んだのか。なぜ自殺したのか。
何一つ語らずにいなくなって、彼こそがヒーローだと思った。きみがそうだと知っていたら、もっとちゃんと襲われてあげたのにね。
事件後、担任の
谷崎先生のカウンセリングを受けるなかで、心が読める女の子の沙耶ちゃんとも知り合った。
沙耶ちゃんは私と友達になってくれて、私も沙耶ちゃんと話すのは楽しかった。たぶん、心を読んで楽しませてくれたのかな?
卒業してからもたまに会ったりして、あるときに窪田くんのことを話したの。そしたら珍しく興味を持ってくれて、色々話し込んでしまったのだけれど、それから数日も経たずに彼女は事故に
まるで窪田くんを追いかけていったみたいで、私はちょっとだけ羨ましかった。だから二人が、二人で幸せになる小説を書いてあげようと思った。
現実の沙耶ちゃんは最初から絵描きを目指してて、ピアノの天才でもなんでもなくて、小学生のときに辞めている。
そういうわけで、窪田くんと沙耶ちゃんの再会を、ピアノを辞めた後にしたんだよ。
私も窪田くんを好きだったから、書いているうちに欲が出てきて、「ああいう関係」にしてしまった。
二人のためといいながら、私が幸せになりたかったのかもね。
小説では窪田くんは死なないし、沙耶ちゃんは留学して交通事故を免れて、私は大好きな二人と一緒に生きることができた。
誰もが幸せになれるから、嘘を書くのを辞められない。批判の嵐にまみれようとも、私は小説家という職業に生涯しがみつくのだろう。
ひとつ、私の担当編集者に伝え忘れていたことがある。この〈夏の雪解け〉のジャンルは「現代ドラマ」ではなく、「ファンタジー」だ。
なぜなら私という
窪田くんは小説家として。
沙耶ちゃんはピアニストとして。
つまり誰が何といおうと、〈夏の雪解け〉は
おや、どうも腑に落ちない顔をしているね。でもちゃんとヒントはあげたはずだよ。
小説家にしかできないこと。
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