第16話 呪縛

 現状、『伐者』の状態は十分ではないと見る。それは、攻撃を受けた後の動きを見ていればある程度の予想が可能だ。フェイクという線もあるが、性格から考えてそのような策を弄するとは思えなかった。

 もちろん、だからと言って俺に余裕があるとも言えないでいる。左肩を痛烈な痛みが突き抜けており、血もある程度流れ始めている。肩に刺さったこれを抜けば出血を危ぶまなければならないため、激痛があろうとも抜くわけにもいかない。それが俺の行動を制限する鎖と化しつつある。


「お互い、余裕がなさそうだな」


 これは事実であるが、相手の出方を見るための陽動でもある。この言葉を、俺がもう動けないと見做すか、あるいは自分が不利であると考えに至らせるか。その反応により相手の状況が推察できる。 

 正直、先ほどの魂の銃撃がどれほどの効果を上げたのかは、評価が難しいのだ。すくなくとも精霊の加護を打ち破り、奴を吹き飛ばすだけの威力はあった。ちなみに、飛ばした魂はひも付きで今は戻っている。さすがの俺でも、自分の魂を切り捨てるようなことはできないし。

 要するに、加護を打ち破るのに大部分の威力が消費されていたなら、奴のダメージは小さい。逆にそれ以上のダメージが入っていれば、今後の対策が立てやすい。


「そんなものは最初からない」


 嘘つけ。余裕しゃくしゃくだったくせに。要するに情報を渡したくないということ。こちらの考えなど全てお見通しって訳だ。だが、仮にそうだとしてもこのやり取りを有効に活かそうとしなかった。つまり結果として余裕がないということ。これはあくまで俺の予想に過ぎないが、その確率は70%を超える(当社比)。


「じゃあ、続きをやり合おうか」


 俺は状況分析をふまえて、にやりと笑い返して言った。現在二人の距離は約15m。攻めるには遠く、逃げるには近い距離。だが、はなから逃げるという選択肢はない。精神的なマウンティングを取るために余裕を見せた話し方を続けている。


「いいだろう。俺好みの提案だ」


 とは奴の返答。マウンティングはまったく効果がなかったようだ。俺には男と組み合うような好みはないが、せめて奴の泣きそうになっている顔でも想像して悦に入ることにしよう。


「嬉しくないが、気が合うな」


 全身がかなり激しく痛んでいる。自分自身の体が思い通りの動きをしそうにない。こちらは稼働性能約40%(当社比)と見込まれる。そうは言いながらも、暗器に注意を払いつつ距離をじりじりと詰めていく。奴は動かない。当初の後の先狙いに戻したのだろう。合気の狙いは相手の力を利用すること。俺のこの飛び道具を、いったいどのように利用するつもりなのか、今からとくと見せてもらう。


 左肩を上げられないため、今は右手のみで銃を構えている。体制は半身。その分、相手からの攻撃にさらされる表面積は小さい状態。さあ、俺の攻撃をどう受ける?


 ダシュ!俺が発射する魂の弾丸が反動音を残す。奴はというと、『縮地』を使わない、あるいは使えない。が、左腕を犠牲にして、俺の魂の弾丸を握りつぶしにきやがった。こいつ化け物か!?

 実際掴まれたわけじゃない。だが、奴の腕を激しく振動させたそれは、決定的な攻撃にはならない。俺も、この弾丸をもう何発も打てる訳じゃない。それだけの精神力を注ぎ込んだものである。このまま避けられ続ければ、先に精魂が付き果ててしまう可能性もある。

 奴は、力なくだらんと左腕を下げながら、でも笑ってやがる。まだ、何か逆転の目をもっているというのか。俺の心に疑心暗鬼が広がり始めたとき、その声がかかった。


「太郎の負けだ。それ以上やりあうな」


 頭に血が上りすぎていたようだ。必要なこと、すなわち周囲への警戒が不足していた。そんな中、響いて切る太い声。そう、お館様である辻村文三、またの名を『絶遮ぜっしゃ』。完全無敵の防御力を誇る里一番の実力者。考えてみれば、今回の件の仕掛人の一人である。


「もう、動けまい」

「いえ、まだ…」

「それ以上は、あとに残る。引け!」


「わかりました」


 さすがに、長のいうことは聞くようだ。こいつのこんな素直な態度は昔から見たことが無かった。俺は、お館様の方を向く。


「俺の勝ちということでいいんだな」

「ああ、太郎との戦いはな」

「何?」


「次は私が相手だ!」

「どういう意味だ?」

「意味など無用」


 ちょっと待て、おかしい、何かがおかしい。なぜ、ここで俺がお館様と闘わなくてはならない!? 里のことは嫌いだが、まだあんたには少しは期待していたんだぞ。


 だがそれでも、俺の敵に回るっていうのであれば容赦はしない。


「是非もなし、ってか?」

「私ごとにきに後れを取るようでは、その先はないと思え!」


 はいはい、そういうことか。俺の特訓はまだ終わってないってことだな。そして、自分を倒せと。どんだけハードモードなのか。確かに、これで俺が勝てば決定的だからな。

 ただ、お館様は本来刀を使うはず。しかし、今は無手。服装も、作務衣なので戦いのためのものではない。おそらく祝福も受けていないだろう。俺に対するハンディということのようだ。なら、ぜいぜいアピールさせてもらうしかないな。


 身長では10cm以上、体重は20kg以上違うはず。さらに、俺は連戦の疲れとダメージの蓄積。加えて肩口の傷。満身創痍じゃないか。そこでラスボスと闘うとは、まるでファンタジーの勇者のようだ。装備と態度はまったく邪悪側のようだが。


「来ないなら、こちらから行くぞ」

「行くさ! 大きな土産まで持って行ってな!」


 俺のすべての攻撃は、知られていると考えたほうがいい。だが、この弾丸はわかっていても防げない。俺は狙いを定めるまでもなく、ガンマンのショットのように腕を上げるやいなや撃ち出した。イメージさえできていれば、弾は自動的に目的の場所に到達するのである。


 だが、信じられないことに俺の弾は軽くいなされた。接触は最小で、お館様の体に当たらないギリギリの角度にずらされた。当たることを想定していた魂の弾丸は、行き先を見失い俺の手元に戻る。


「ふふ、この程度で天狗か?」

「くっ!」


 馬鹿野郎! 疲れてなければ、傷を負ってなければもっと行ける!


「で、負傷のせいにするか?」

「そんなことはしない」


 俺の考えを読みやがって! だが、この攻撃も感覚的にはあと三発くらいが限界だろう。だが、向こうには遠距離攻撃手段がない。

 俺が攻めあぐねている中、無造作に、ごく自然に俺の間合いに入ってくる。息子の『縮地』のような暴力的な速さと強さはない。ただ、人の感覚とリズムの虚を捉えた動き。それだけで、10m近くの距離を詰められた。あとわずか3mほどの間合い。この距離は、お館様のもの。


「判断が遅いぞ」


 下がろうと一瞬考えたが、それで勝ち目を拾える相手ではないと瞬時に判断。イメージだ、イメージを深める。スパイダーマンのような蜘蛛の巣型のネットを手から出して、いなしをできなくする。こんな複雑な形を作れる自信はない。だが、今はチャレンジするのみ。


 そう決めると、即座に網型の魂をイメージして放出。イメージの基は獣人を生け捕りにしたものを拝借。


「これならどうだ!」


 間違いなく大きな網が、お館様を覆うように飛び出した。これに触れれば最低でもいくばくかのショックは与えられる。

 しかし、その期待は容易に裏切られた。まるで、カーテンを開くがごとく、軽やかに俺が投げかけた魂の網は腕一本で流されたのだ。しかも、その腕にろくなダメージを与えることなく。


- これが『絶遮』!


 息子が剛の合気だとすれば、父親は柔のそれ。剛を躱したり、惑わせたりすることはできても、柔を誘導することは容易ではない。流れること柳の如し。決して、誇張ではなかった。


「この程度の攻撃しかないのか?」


 それは明らかな失望の声。『特異種』との戦闘には役立たないという判定。さらに接近してきたお館様は、俺に対しごく通常の体術で打突を始める。決して目が追い付かないほど早い攻撃ではない。にもかかわらず、避ける俺の身体に確実なダメージを与えていく。

 一方、接近距離から放たれる俺の攻撃は、すべて躱されるか、いなされていく。もう、もてあそばれている子供のような状態である。


「くそっ!」

「そらそら、言葉だけか?」


 この力の差は一体何だ? どうして、届かない? どうして、くらってしまう。どうして? そして生まれてくる、はらわたの煮えくり返るような怒り。止めどもない悲しみ。荒れ狂う感情の嵐。


- 何をためらっている?


 まただ。そして何を、ためらう?


- 解き放て!


 まただ。解き放つ? 一体、何を?


「それを出してみろ!」

 

 お館様の叫び声が、俺の中の何かのトリガーを引いた。


 熱い、熱い。精神が熱い! 痛い、痛い。心が痛い!


- 何だ!? この感覚は?


 消耗していた、俺の精神力が再び満ちてくるような感覚。だが、同時に身体中を襲う強烈な痛み。駄目だ、この力が暴発してしまう! 抑えきれない!


「ニ…、ゲ…、ロ…」


 身体の中が熱い。燃えるようだ。感覚がわからなくなっていく。自分で自分を制御できない。これは、銃なんかじゃない。まるで大砲。

 体の中から溢れて暴発しそうになるエネルギーを、なんとか右腕に移し、飛びそうになる意識を繋ぎ止め、倒れこみながらそのパワーを上空に向かって放出した。それと共に消えるように力が抜けていく。


 俺の意識は、一瞬でブラックアウトした。


                    ◆


 目覚めは、とてもではないが爽やかとは言えなかった。だが、不思議なことに全身の痛みはない。銃というレベルではない、大砲のような力を放った記憶は残っているが、それがなぜ生まれたのかはさっぱりわからない。

 ただ、今俺が貴美子の膝枕で寝ていることだけは、おぼろげに理解できた。頭を撫でられているようだが、抵抗する気も起らない。


 痛みはないものの、その代わりにものすごい倦怠感が全身を覆っている。確かにあの攻撃なら、『特異種』に大きなダメージを与えられるかもしれない。あれがコントロールできたとすればだが。


 俺の横にじじいがやってきた。ということは、すべてが終わったということか。結局、お館様は倒せなかったのだが。


「ご苦労じゃった。で、残念じゃったな」

「苦労はわかるが、残念とは何がだ?」

「勝てなかったこと、そしてお主の呪いを完全には解けなかったことじゃ」

「呪い?」


「その話はあとにするぞ。まずは、演習が先ほど予定通り終了した」


 そういえば、近くに隊員たちが集まって、談笑しているのが見える。その相手は里の住人たちだ。談笑? どう見ても、戦った直後の光景ではない。俺一人が担がれたのではないかと疑念が浮かぶ。


「おいおい、本気だったのは俺だけか? やめてくれよ」

「違うな。一部の里の人間が知っていただけじゃ」

「じゃあ、ミッションは?」

「コンプリートじゃ」


 その言葉を聞いて、俺はほっとした。きちんと役目を果たせたようだ。その時、ミッションを終えた女性隊員が驚いたように声を上げる。


「唯…」


 俺は疲れた体で、そちらの方向を見た。私服の女性が無表情に立っていた。顔色はよくない。そして、あまりに無表情、無表情すぎる。


「あなた、行方不明だったのに、、、二か月間もどうしてたの!?」

「杉村!」


 これは分隊長か。つまり隊員の名前は杉村唯という。当然知った仲であろう。そして、俺の首筋に猛烈な不快感が沸き上がってくる。忘れもしない。これはヤバいやつだ。しかし、何故今、何故突然、何故ここに?


「ほう、それが『宝玉』か?」


 俺の横に立つじじいを顎で指し示す、行方不明だった女性自衛官の横に、あまりに自然に現れる若い白人男性。身長はそれほど高くない。年齢も、かなり若い?


「…はい…」


 『特異種』だ! しかも、結界があったはずなのに、それにまったく反応がないとは!?


「よし、私が貰って行こう」


 その若い白人が言い放つも、一緒にいる女性隊員は、青白い顔をして夢遊病の様に立ったままだ。


「その前に、褒美をくれてやる」


 そう言って、白人男性が手招きをすると杉村隊員は二歩ほど、ふらふらと覚束ない足取りでその男に近づく。そして、男は食いつくような強引さで大胆に女性隊員の口元に顔を近づけると、淫靡なキスを始めた。そう、この光景は二度目である。

 どうやら、『特異種』にとってキスは何らかの意味を持っているらしい。隊員は、その瞬間うっとりとした表情で体を震わせている。これもかつて見た光景。


 褒美と言っていたが、見る限り吸血鬼が若い女性の血をむさぼる振る舞いにしか見えない。狩る側と買われる側が明確なのだ。この光景に誰もが唖然として声も出せない。

 だが、そんな必要のない膠着状態が打破される。『伐者』が動き出したのだ。だが俺が見る限り、状態はまだぎこちない。あのダメージは容易に抜けるものではないだろう。それでも、威風堂々たる態度で問いかけた。


「この里に招かれないものが、どんな用だ?」

「招待か? 私は行きたいときに行きたい場所に行く。欲しい物は必ず手に入れる」

「それは、マナーとしてなっていないな。教育が必要だ」


 挑発の意味か、本気で言っているのかはわからないが、『伐者』は『特異種』に会うのは初めてのはず。ちょっとまずい流れである。おれはまだ準備が整ってない。というか、正直この程度の会話の間に整うとは思えない。

 ただ、長もいるし、そのほかの隊員たちも。その繋ぎにはなるだろう。


「ほう。貴族であるこの私にか?」


 そこにもう一人が現れた。


「いや、私が相手をしてやる。化け物」

「私を化け物と呼ぶか。命がいらぬようだな」


 『絶遮』、お館様が『伐者』の前に出た。万全でない俺や『破魔』の退魔師たちと比べて、現状考えられる最大戦力。もちろん一人で倒しきるとは思わない。あの超絶的かつ暴力的な力に通用するとは考えないが、多少の時間稼ぎはできるだろう。

 いや、もうすでに動いた人がいたようだ。お館様に刀が届いた。神刀『鬼断おにたち』。この里でも屈指の名刀で、当然高いレベルの祝福付き。


「ほう。面白い武器だな。それも土産にするぞ。よこせ」

「欲しければ、奪い取れ!」


 強い意志と気合。空気が震える。先ほど、俺と相対したときは遊びだったのかと思えるほどの力強さ。俺なんかよりもずっと凄い人だ。


「いいだろう。余興として遊んでやる。こい」


 お館様は、被害を軽減するためだろう。巧みに動きながら、位置を俺たちから遠ざけていく。一方、先ほどディープなキスを受けた自衛官の杉村唯は、再びその場に立ち尽くしている。まるで魂を抜かれた亡者のように。


 攻めるお館様に、守る『特異種』という流れになったのは必然である。戦場を移動させるための手段。その隙に戦えないものは、徐々に離れた場所に誘導されれていく。だが、じじいは車がこの里に入ってこれないこともあり、逃げ場がない。結果的に俺が守護する形になる。まあ、それが本来の業務なんだが。


 『特異種』は間違いなく遊んでいる。攻撃よりも守りに強い『絶遮』こと、お館様とはいえ、その攻撃力も里では屈指。それを素手で受けながら、あろうことかあくびをしている。その光景を見て、息子である『伐者』は忌々し気に戦況を見つめる。父親が軽く扱われていることが悔しいのか、自分が戦っていないことが許せないのかわからないが。


 だが、一対一で戦うなんて誰が決めた?


「この程度か?」


 『特異種』がそろそろ飽き始めた。だが、お館様の攻撃がこの程度であるはすもない。明らかに何かを狙っている。それを読み、対応しなければならない。


 俺は、貴美子の膝から起き上がり、この流れにどう参入するかを練る。そして、じじいの面倒を近くにいる自衛官に依頼することを決める。まだ、気力は全く戻った感じがしない。足元もふらついている。

 だが、それでも逃げるわけにはいかない。俺は、じじいを守らなければならないのだ。


「じいさん。ちょっとあいつを倒してくるから、そこで待っていてくれ」


 そういうと、横にいる自衛官にじじいを預ける。


 体の怪我が治っているのは、このためだろう。俺に今立ち上がれと言っているのだ。なら、再び闘志を燃やし尽くしてでも、少しでも早く戦える状況にしなければならない。

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