第17話 発現

 なんとかして戦いに参加しようとする俺。それを後ろから貴美子が抱き留める構図になっている。さすがに、こんな時と場所で貴美子がふざけ、じゃれ付いている訳もあるまい。

 周囲では、徐々にではあるがこの乱入者という事態に際し、迎え撃つための準備が整えられようとしている。とは言え、予想外の事態。まだ、怪我人を移送したり、武器の調達を行っている程度ではあるが。


 だが、『特異種』のきまぐれにより始まった戦いかも知れないが、それでも時間が稼げたのは大きい。だからこそ。


「俺は戦う!」


 貴美子に伝える言葉は、口調に込めた力だけで十分だろう。確かに貴美子は人として変態ではあるが、単純な馬鹿ではない。そう考え、俺の腕をつかむ彼女を出来る限り優しく離そうとする。しかし、予想していたよりも随分に強硬である。まだ、俺を引き留めようとする。


「まだ、駄目よ。行かせられないわ」

「邪魔をするな」

「今のあなたじゃ、行っても足手まといに、、きっとそれすらなれないわ」


「俺以外の誰に、あいつらにダメージを与えられる?」

「思い上がりが過ぎるのではないかしら?」


 語る彼女の口調がいつもと違う。そこには明確な意思が見て取れる。こんな貴美子を見るのは、出会ってからでも初めてじゃないだろうか。だが、


「貴美子! 知り合いとしても、言っていいことと悪いことがある」

「いえ、これは今こそ言うべきことなの。この問題は、あなた一人が背負うことじゃない」


「意味が分からん!」


「わしからも言おうか」


 自衛官のおじさんに預けたじじいも出てきた。


「お主は焦り過ぎじゃ。『絶遮』は強い。もう少し、あやつを信じろ」

「しかし、、、、」

「じゃから、お主は状態が戻ってないじゃろうに」


 そう言われ、俺の体を幼女がそっと押す。


 たったそれだけのことなのに、俺の体がぐらついた。


「ほら、見てみろ。全く力も入っておらぬではないか。このお嬢ちゃんの言う通りじゃ」


 悔しいが、わずか5歳の幼女に押されてぐらつく状況は、意識して初めてわかる。先ほどまでのダメージが俺の体に大きな影響を与えていた。焦る気持ちがあるのは俺も理解している。


「気合いで何とかできるのは、映画や小説の中だけじゃ。重要なのは、リスクマネジメント損失抑制ストラレジ戦略じゃぞ」


「まったく、じじいが子供の顔して使う単語じゃないな」


 やれやれとばかりに俺が力を抜いて座り込みながら答えると、じじいは、可愛らしい幼女の顔でウインクしながらにやりと笑う。


「特に、お主の場合には行き当たりばったりが過ぎる。勝ちたければ、もっと頭を使うのじゃ」

「使ってるつもりなんだがな」

「全く足らんわ。今までは偶然上手く行ったかもしれぬが、これからの戦いではそうはいかん」


「まあ、確かにじいさんの言ってる意味はわかるが…」


 俺は現在行われている戦いが気になって、そちらをチラチラと見る。そう言えば、戦いの場所が見事に里の人々や俺たちに被害が及ばない距離まで移動していた。被害軽減。これも、お館様のリスクマネジメントということだろうか。

 油断を誘いながら、敵を遠ざけて味方の被害を最小にする。言われる通り、俺はそんな事を考える前に飛び出して行こうとした。というか、里の人間を守るという考え方すらなかった。その結果として大きな反撃を受ければ、被害は周辺にまで及んだかもしれない。俺は里のことを嫌っているし、無関心を決め込もうとしているが、だからといって全てが死ねばいいとまで考えるほどではなかったということに気づく。


「俺も頭に血が上り過ぎたか。だが、勝算はあるのか?」


「絶対とは言わぬ。じゃがな、わしと斉木君でできることはすべてやっておる。さらに、お主は認められぬかもしれんが、この里のものも地の利を使えば決して弱い訳ではないぞ」

「ああ、お館様の強さは俺も知ってる。だが、それでも…」


「やつら、『特異種』の力は未知数じゃ。ひょっとしたら我々は蹂躙されるやもしれぬ。じゃがな、世界中で発生したとされる奴らは、別に人類の大量殺戮をしてはいないのじゃ」

「それは、、話し合いができるという意味なのか?」


「そこまで言ってはおらぬ。じゃがな、奴らは人類から変質し、しかし人類全てを抹殺しよういう意図を示すような行為は、少なくとも現時点では報告されておらぬ」

「それをこれからも信じろと?」


「信じるのではない。利用するのじゃ。そのためにも、今は少しでも情報を集めていけばよい」


 右手を挙げ、親指を突き出す姿勢を見せる。まったくこのじじいは。自分が標的にされていることを知っているだろうに。

 その時、轟音と共に一台の車がその場に到着した。車と言うよりは、どう見ても装甲車そのもの。そして上部ハッチが空くと、そこにいるのは斉木。じじいに何やら目線を送り、周囲のスタッフに素早く声をかける。すぐさま、数人が駆け寄ってきた。じじいの補助であろう。老人であっても必要だろうが、今は幼女の姿。それ以上に行動に制約があるのは言うまでもない。


 大人に担ぎ上げられ、補助を受けて装甲車に乗り込んでいく。もちろんこの装甲車も多聞に漏れず普通の仕様ではないだろう。


「加護付きか…」


 感心するように声が出てしまう。確か、『鬼霞』のおやじの刀さえ、そう簡単に修復できるものではないと聞いていたが、こんなものまで用意できると、じじいは一体どれだけの権力や人脈を持っているのか。そこに、俺が飛び出さなかったことに安心したのか、貴美子が付け加える。


「ええ。出雲の舞巫女が清め、破邪の精霊が練り込まれた装甲車よ」

「なぜ、お前がそれを知っている?」


 高田貴美子はくるりとその場で回り、ペロッとし舌を出すと、笑いながら言った。だが、お前のそれはじじいの足下にも及ばない。


「だって私、チームSSSのメンバーだもの。しかも、中心メンバー」

「なんだ、そのチームSSSって?」


「えっ? うそっ、知らないの?」

「聞いたことも無い」

「一緒に戦ったのに」

「お前と? いつ、どこで、何と?」


「聞きたいの? じゃあ、あとでじっくりと身体に教えて、あ・げ・る」

「いらんわ!」


 装甲車のディーゼル音が大きく響いた。俺たちが馬鹿話をしている間に、里のメンバーは武器を持ち、自衛隊の隊員たちも銃のセッティングを終えている。もちろん、使用する弾は演習用とは全く異なる。これは実戦なのだから。


「それなら今すぐに!」


 まるで競泳の飛込みの様なスタイルで飛びついてくる貴美子を、俺は起き上がりつつギャグ漫画のように華麗に躱すと、戦っているお館様の方向を再び見た。気付けば三名の退魔師たちが応援に駆け付け、戦いに加わっている。俺が行かなくとも、きちんと複数でフォローしているということである。一対複数なら対応できなくはない。


 そう言えば、今回『特異種』は人質を連れて来ていたものの、『妃』という人を『特異種』に変えた存在を連れてきていない。そう考えて、ひょっとすればと未だ立ちつくしてるその女性に目を移した。


 横には知り合いの女性隊員であろうか、が寄り添おうとしていた。『特異種』が戦いに興じて離れたことで、今こそと助け出そうと考えたのだろう。だが、その最後の一歩が近づきたくとも近づけない、そんな感じに見える。どうすればよいかが分からない感じでに戸惑っている。それもそのはず。


「もっと、もっと、もっと…」


 小さく呪詛のように何かを呟き続けている。だが、あまりに声が小さいため、そしてここにいる人たちの大部分が『特異種』と退魔師の戦いに見とれているため、現れた女性には多くの人の目が行き届いていない。

 隊員としては少し長くなっている髪の毛は、あまり整えられている感じはしない。さらには、焦点が合ってないような表情で正面を見てるのに、眼光だけがいやに鋭く感じる。もっと正確に言えば、その眼は人ではなく野獣のそれがどんどんと広がっていく。


「グガギュゥァツ…」


 胸をかきむしりながら、それは人ならざるモノに変化し始める。これは俺が少し前に見たのと同じ過程、同じ光景。そして同じ理不尽さ。服が破れ、服を破り、体毛が濃く変化していく。体の色も黒く変わっていく。なんて早い変化だろうか。

 俺には、一体どんな理由でこのような状況に陥るのか全くわからないが、あの白人の男が何かをしたことが原因なのだけは間違いない。


- あの野獣、つまり『ビースト』が生まれる。同じだ、くそ! どうして、人がこんな風に変えられなくちゃいけない!


 純粋な怒り。理不尽さに対する憤怒。そして目の前では、その女性だったモノに寄り添おうとしていた女性隊員が、突然の異常事態に反応できず呆然自失状態で立ちつくしていた。つまり、このまま放置しておくのは危険なのだ!


 そう強く考えた瞬間、予想以上にスムーズに身体が動いた。意思は願望を実施に映す。例えるならば、火事場の馬鹿力であろうか。女性隊員を助けなければという思いだけの行動。無理矢理動いただけで、全くの打算もない。


「おい! 早く離れろ! 逃げるんだ!」


 俺とその女性の距離は30mもなかったが、体の痛みを押して駆ける。女性隊員は、はっと気づいたのか動き出そうとした。俺の後ろからも、状況を認識した別の隊員たちからの声もかかる。

 だが、間に合うかどうかは微妙なところ。変化するモノは自らの服をかきむしるようにして破り、その女性だった存在はもう巨大な筋肉をもつ化け物に変化し終わろうとしているのだから。


- 間に合え!


 痛みなどくそくらぇ! 俺の体が悲鳴を上げつつも、怪物に変化したモノから目を離せずに、じりじりと後ずさりする状況。もっと早く逃げろ! でも、届かぬ俺の考え。野獣が、変化を終えたのかきょろきょろと周囲を見回す。もちろん、最初に目に入るのはその女性隊員だろう。


「きゃあぁぁぁぁ!」


 だから、悲鳴を上げるくらいなら先に逃げろ! 自分の命こそが何よりも大切じゃないか。俺はあと5m。振り上げられる新たに生まれた『ビースト』の左腕。


- 間に合え!


 一気に飛び込む。俺は、逃げ遅れた女性隊員を突き飛ばす。触れられた女性は電気ショックを受けた様な反応を見せる。この際だから、仕方がない。このあと運よく助かれば、きっとのこの女性隊員は俺に激し気の間を抱くことになるだろう。そんなことを考えていた。

 刹那、俺の背中に振り下ろされる『ビースト』の暴力的な力と、鋭い爪による死の嵐。背中、いや身体に熱い熱を感じる。


「ユウちゃんっ!!」


 遠くから聞こえる、貴美子の声であろうか。だが、背中の衝撃は一瞬焼けつくような、燃えるような大きな痛みになって俺を襲った。だが、それは痛いのか? ショックのあまり、大きすぎる痛みに対しては脳が無礼カーを落とすと聞いたことがある。

 あるいは咄嗟のことで、自分自身の状況がわからなくなっているのかもしれない。ただ、跳ね飛ばされた俺の顔が地面に打ち付けられた感触だけは理解できた。かなり不味い。泥水の味だ。


- 誰かが、遠くで叫んでいる様な気もする。これは誰の声だ?


 田植えが始まった田んぼに吹き飛ばされ、泥んこになった俺の視界が赤く染まる。この色は? この血は誰のものだ? 俺?






『祐樹は、生きないと駄目なの!』






 そんな、記憶の奥底で知っている声が頭の奥に響いた感じがした。







 俺は倒れていた体を自ら起こし、立ち上がり振り返る。体中泥だらけのはずである。視界が中途半端だ、と顔をぬぐった。

 目の間では、俺に大きな力を振るった野獣が、その成果を確かめるように様子を伺っている。まだ産まれ出たところで本調子ではないのだろう。体中を動かして自分の能力を確かめている様である。


 俺との距離は5mほど。野獣に自我がどれくらいあるのかはわからない。ただ、俺にはその眼が何か悲しそうに見えた。

 傍らには、救った女性隊員が倒れている。気を失っているようだ。おそらく、あの瞬間死を覚悟したのだろう。それに図らずも俺の魂のショックを受けた。ギリギリのタイミングだったのだから許してもらうほかないが、それは叶わないだろうと思う。


 俺は、背中に手をまわして無言で傷の状況を確認する。泥まみれのスーツは大きく引き裂かれているのが分かった。この特殊スーツが引き裂かれるとは、やはり『ビースト』という名称に騙りはない。まさに野獣のような力。

 だが、体の方は運よく何ともないようだ。血を流した筈だと思ったのだが、むしろほんの少し前まで痛かったはずの体の方も問題ない。いったい、今までが何だったのかという体の軽さ。俺のどこが不調なのか。


「ユウちゃん…」


 離れたところでは、先ほどまで俺を止めようとしていた貴美子が唖然とした顔で俺を見ているのが目に入った。そういえば、確か貴美子は『眼』を持っていた。ということは、先ほどまでは俺を止めないといけないと強く思うほど魂が悪く見え、今はそれが改善したということか。

 俺自身、野獣の攻撃を受けたのは記憶してるし、その後俺のダメージがあまりないのもわかった。それがなぜなのかは分からないし、どんな意味を持ってるのかも知らない。俺にわかることはほんの少し、ただ、なぜか今は力が出る。


 そして、じじいさえも俺を止めようとしない。少し離れた場所で、装甲車から身を乗り出しながら、嬉しそうな、しかし恐ろしそうな顔を見せていた。そんな顔するなよ。


「お主…、ついに。手に入れたか」


 時間が経過するとともに、どんどんと気分が良くなってくる。いくらでも、力が湧き溢れてくるようだ。その状況に、心が高揚しているのがわかる。


- この無限の万能感を、いつまでも感じていたい


 「それは…、それも駄目よ…、ユウちゃん。そんな形では…」


 貴美子の声が、少し震えるような声が聞こえている。一体何が駄目なのか? この力があれば戦えるではないか。そう、『特異種』ですら勝てるかもしれない。


「いけ、祐樹! その力を存分に振るえ!」


 止めようとする貴美子とは逆に、俺に戦いを促すじじい。じじいも『眼』を得たと言っていた。しかもかなり特殊なそれをと。その力のない俺にはわからないが、見えるということは大きな力となるのだろう。


- よく分かってるじゃないか


 『ビースト』は仕留めそこなった俺を見すえ、再び自分自身の義務のように俺に攻撃をしようと動き出した。足元で泥にまみれながら倒れている女性が、このままでは今から始まる戦闘に巻き込まれる。大切な命なのだから、保護しないといけない。


 俺は、『ビースト』を力でこの場所から強制的に移動させることを選択する。邪魔だ。こんな場所では暴れるな。


- 出来の悪いお子様には、大人がきちんとしつけてやらないとな


「さあ、俺と暴れようじゃないか」


 さほど意識することもなく、その言葉が出てきた俺の顔には自然な笑みが生まれていた。だが、そのことに気づくことも無いし、暇もない。

 俺は、今までの数倍のスピードで一気に野獣に迫ると、その勢いに任せて『ビースト』に変化してしまった存在を誰もいない方向に軽く吹き飛ばす。


- 軽い

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