第15話 死闘

「久しぶりに俺に満足感を味あわせてくれよ。期待しているぞ」


 とは、奴の言葉。つまり俺が負けるのが前提で、どこまで食い下がるかを見たいってことか。相変わらずこの里の奴らは傲慢で気に入らない。それともあれか、人の位階が上がるということが傲慢さに繋がっているのか?

 なら、俺はあの化け物に近づくような人間の位の高さなどには近寄りたくもない。


 『伐者』はさらに、ゆっくりと近づいてくる。俺が知る限りでは、奴は接近戦を得意としている。距離を取った戦いの方が俺には有利だ。しかし、首筋がチリチリとしてくるのはあの野獣と対面した時のレベル。俺にとっても久しぶりの感触だが、それと同時に相手の強さを再認識させられる。

 そう、『空斬』と対面しても湧き上がらなかった感覚なのだから。だが、こういう時こそ強がりも必要だろう。


「あんたの方こそ、俺を満足させられるんだろうな!」


 そう言い放って、構えた。


「ああ、期待するがいい」


 まったく動揺するそぶりも見えない。本当に嫌な奴だ。だが、奴の実力は里でも随一。合気道を取り入れた様な体術は攻防一体。子供のころから、飛んでくる矢を素手で掴み取る様なとんでもない身体能力。動体視力も体力も持久力も、そして技術も超一流。さらには、おそらく魂の強度も同じく相当に強い。むしろ武器に頼ってくれた方が俺としてはやりやすかった。


「じゃあ、俺もたっぷりと楽しませてもらおう」


 厄介な相手だからといって俺のやることに変わりがある訳じゃない。なら、全力で叩き潰すのみ。舐めプレイができる相手ではないのだ。


 接近戦を得意としているだけあり、今回は相手の方から接近してくる。ゆっくりとした歩みが一気に加速すると、真っ直ぐではなくサイドステップを踏みながら不規則に揺れながら突っ込んでくる。狙いが定めにくい。


 俺の攻撃は既に見ている。だから、こちらの狙いを絞らせないように動きを取り入れてきたようだ。だが、まだ20m近い距離がある。俺としても無駄な攻撃をかけるつもりはなく、じっくりと相手の動きを見切る。

 じっとしていると、先ほどの戦いで受けた身体の痛みが気になってくる。直接の外傷はスーツにより阻まれて生じてないが、衝撃により受けた筋肉的な損傷は残っているの。おそらく、内出血等があるだろう。部分的な挫傷があってもおかしくない。


 だが、そんなことを言っても相手が止まるはずもない。戦いを止めたいと懇願しても許しはしまい。むしろつまらなさそうに俺を殺しに来る。ほら、あんなに好戦的な笑みを浮かべているではないか。

 しかしこいつ、少年時代からこんなバトルジャンキーだったか!? 昔から偉そうにしていたことだけは覚えている。まあ、それだけの実力を見せていたから当然と言えば当然であったが。

 だが、俺はやはりこいつが大嫌いだ。というか、見ているだけで吐き気を催しそうになる。先ほど『楽しむ』と言ったが、心の中で独りそれを撤回した。


- 楽しむ? そんな訳ない。そんな余裕すら出せないほどに、叩き潰してやる!


 よし、距離が俺の射程である10mを切ってきた。そこで、俺は両手から魂の攻撃を行う。しかも、その数は4本。それぞれの手で2本ずつの鞭状の攻撃である。鎖分銅よりは攻撃力が落ちるが、数が多い分避けるのが難しい。しかも、先ほどの攻撃では見せていない。


 だが、奴はそれにもひるまず突っ込んでくる。さすがに全てを回避するのは無理な話にも関わらず。すなわち、魂のガチンコ勝負を挑んできた。ショルダーチャージの態勢で勢いを一切落とさず突っ込んでくる。がっしりとした体格のそれは、猛牛の突進のような凶悪さをイメージさせる。

 だが、俺の攻撃はあの『特異種』ですらたじろがせたのだ。馬鹿な真似をする。


 一瞬何が何だか分らなかった。奴に攻撃が届こうとした瞬間、瞬時に奴は俺の間の前に現れ、そのまま俺を吹っ飛ばしたのだ。5m以上は飛ばされたはず。背中から敲きつけられ、意識を持って行かれそうになった。が、スーツの性能なのか、あるいは俺の意地が繋ぎ止めさせたのか、直ぐに態勢を整えて、すっと立っている奴に向かって再度構えることができた。


「ほう、これを耐えるか。だが、足が震えているぞ」


 馬鹿な! だが、視界が揺れるそれは、確かに俺の脚から来る振動。震えではあるが、恐怖ではなくダメ―ジから来るそれ、、のはずである。


「なんだ!? 今のは…」


 俺の声がかすれている。だが、それは驚きによるものであって、絶対に恐怖によるものではない。


「『縮地』。お前も里にいたのだから、一度は聞いたことはあるだろう」


 確かに、聞いたことがある。もう何十年も、いや百年以上実現できなかったと言われている技だ。


「ああ、名前だけはな」

「口も聞けるし、まだやれそうだな。よし」


 教官にでもなったつもりか! だが、少なくとも先ほどの動きは俺の目では追えなかった。今のが本当に失われた技かどうかはわからない。だが絶対に言えることは、やはりこいつは間違いなく強い。しかも、半端なく。憎らしいくらい。

 しかし、そのことが俺の闘志を更に湧き立たせてくれた。ふつふつと血が湧きあがる様な感触。ぐらぐらと煮えたぎる様な感情。絶対にお返しをしないといけない。


 俺の身体は、吹き飛ばされ地面にたたき付けられた衝撃で、ガタがきている。だが、俺本来の戦場はこの目に見える世界ではなく、魂の世界。そちらがメイン会場なのだ。体が痛めつけられても、心が折れなければ戦える。


「ああ、ここからが本番だ!」

「なるほど、芯の強さもそこそこありそうだ」

「無駄に丁寧な評価、痛み入るぞ!」


 折れない心は、この前のレンジャー訓練で既に相当養われている。素早さで負けるなら俺の場合本当は物量で勝負すべき。奴には俺の魂の攻撃が見えている。そして、先ほどは避けられないようにと考えて両側から巻き込むように攻撃を放った。だが、その隙間を信じられないスピードでぶち破られただけ。たった、それだけのことだ。


 なら、俺は物理法則とは無縁な攻撃を仕掛ける。そんな練習を十分積み重ねる方法も時間もなかったので、今はイメージしかないが、そんなことはどうでも良い。この三次元空間では技術も能力も俺の方がはるかに劣っているのかもしれないが、四次元ならどうだ?


 再び、俺の脚に力が戻ると共に激しい闘志も再燃だ。それを見て、にやりと笑いやがった。こいつは俺の様子が戻るのを待っていやがったのだ。


「さて、次はどう来る?」


 俺が選んだ選択肢は一つ。数が多いと制御が難しい。つまり元の鎖分銅スタイルに戻すというだけのこと。元来、鎖分銅という武器は、一般的な物理法則では想定しづらい動きをする。投擲された等速運動する質量体に鎖を通じて異なるベクトルを与える。するとその質量体は、何もない空中でいきなり軌道を変化させることも可能な武器である。


 もちろん、そのような動きは達人にでも至らなければ自在にコントロールできるものではない。だが、俺の場合はそもそも慣性の法則も、重力の影響も関係ない。そう俺が思い込んでいるからそのように動くのであって、そうでないと理解すればこの世の原理から逸脱できる。きちんと制御したことはないが、きっとそのはず!

 先ほどの『空斬』との戦いで、一瞬変化させることができているのだから。


「俺の攻撃は、これしかないのさ!」


 そう言って、右手を構えた。奴は俺の魂の動きを見て取ったのか、深く息を吸って整えている。いかにも攻撃を待ち構えていると言った雰囲気。おそらくは、後の先を狙った姿勢。なら、お招き通り俺から行かせてもらう。


 普通の人間を相手にするときは、手首のスナップのみで発射していたが、腕を大きく使うのは、これもまたイメージの産物。それにより多くの精神力が込められるという認識でしかない。だから、俺は右手を振りながらも魂の形や状況を詳細にイメージする。それは頭の中での出来事。車を運転する時にタイヤが踏んだ小石まで意識するような繊細な制御。だが、そこに俺の闘志が注入されていく。そう、じじいに叩かれた『精神注入棒』がそれだ。


 もちろん、余裕のある『伐者』はそんな動きは逐一把握してるだろう。込められた精神的な力の大きさに、俺が降り出す魂の軌跡。それらを一瞬のうちに判断して、最善の手を直ぐに繰り出す。

 俺の攻撃は、無造作に出された左手により確かに弾かれた。そう、弾き飛ばしたのだ。奴が来ている服は精霊に祝福されている。だが、飛んだはずの俺の魂の攻撃は、物理的な挙動を完全に無視して再び奴の顔に向かって飛びかかった。あたかも、蛇が獲物を攻撃するように。


 合気道は非常に合理的な武道である。力の流れ、重心の位置、体の動きから、こうしたものが自分にとって最適になるように制御する技。だが、そこにはこの世の中の規則が中心に刻み込まれている。

 油断という訳ではないだろうが、物理法則を無視するという認識に至るまでの絶対的なタイムラグが生じた。一瞬だが、致命的なそれ。その瞬間、俺の攻撃は間違いなく奴の頭を刈り取った。。。。はずだった。


「「なっ!」」


 その言葉を発したのは二人同時。見事なまでのハーモニー。しかし、発した意味は異なる。


 奴は、そのギリギリの攻撃を首を逸らすことでいなしたのだ。まさか、そんなことができるとは。なんて甘く考えた訳ではないが、その動きには仰天させられた。だが、少なからずのダメージを与えたのは間違いない。奴は、よろけながら後退したのである。


 もちろんそれは絶好のチャンス。しかし、追撃する俺の攻撃は、全て軽やかにいなされていく。そりゃ、繊細な制御が必要な物理法則を無視する攻撃をそうそう使える訳じゃないが、それでもダメージを受けた状態でこの攻撃をかわすとか、どんな天才児なんだか。


「侮っていたことを詫びよう」


 いや、お前はどこの戦国武将なんだ。などとは突っ込まない。だが、俺の攻撃を躱しているうちにダメージを多少回復したのだろう。それに、俺の方も攻撃を放つほどに精神力を消耗する。あまり無駄弾は撃ちたくない。


「あんたも、思っていた以上にやるな」


 別に、男同士の友情が生まれた訳じゃない。俺も少し休むための方便である。


「しかし、厄介な攻撃だ。俺が躱しきれんとはな」


- どんだけ、上から目線なんだ!


 だが、イレギュラーな攻撃があることを考えると、奴もうかつには近づけなくなったようだ。あの『縮地』は脅威ではあるが、その間合いまで近寄らせなければ問題ない。


「とは言え、お前の攻撃力は大方把握できた」


 そういうと、驚きで真顔になっていた顔を再び笑みに変える。


「では、今度はこちらから参る!」


 あんまり休ませてもらえませんでした。なんて考えている場合ではない。通常の攻撃は、ほぼ弾かれてしまうのだ。だとすると、再び物理法則を無視した攻撃を放つのみ。


「ほう、お前の灰色の魂も少しだけ光って見えるな。何か新しい技でも出してくるか?」


 奴は攻撃に係ろうとした瞬間、一瞬止まり目を細めてそう言う。だが、俺には自分魂すら見えないし、それ以上に新しい技などない。


「だが、全てを打ち払ってやろう!」


 そういうと、再びショルダーチャージの態勢をつくる。ダメージを受けることを承知しても圧倒しようという気だ。確かに、来ている剣道着のような服装は祝福を受けており俺の魂をはじきやがる。だから、俺は露出している部分を狙うしかない。問題は、『縮地』のスピードが速すぎて対応できないこと。


 そういうと、奴の姿が瞬時に消える。まだ距離があるはずなのに!


- 来る!


 しかし、俺の直感がここで機能した。右から来ると。


 そして、倒れ込むようにそのタックルを避ける。奴は『縮地』で一気に俺の視界の外に移動して、そこから攻撃をかけてきたのだ。まともに正面に攻撃していれば一気に終わていた。もちろんおれの敗北である。

 奴は、『縮地』をどれだけ連発できるのか。それがこの戦いのカギになる。


 接近戦は俺に不利なので、転がった勢いを利用して距離を取る。そして奴を見た瞬間、再び奴の姿が消える。

 今度は右に飛ぶ。もう、この動きは考えていては間に合わない。俺の直感に頼り切るしかない。


「また、避けるか?」


 興味深げに俺を見つめる『伐者』。二連発は出来ても三連発は出来ない模様。だが、俺は逃げ回っているだけ。この状況では、俺の心に溢れそうになっている暴れるような感情を抑えきれない。

 避ける? そうじゃない。戦うのだ。そして、正面から打ち破る。


- 何をためらっている?


 ためらう?


- 解き放て!


 何を?


「そして、また輝きが増すか。本当に面白い。だが、そのままでは勝てんぞ」


 今度は暴力的な笑みを俺に投げつけてきた。俺は自分の奥底から湧き出てくる感情に戸惑っている。だが、今はそんな時ではない。目の前に迫る脅威にどう対処するかが先決。


「じゃあ、俺も奥の手を出すか!」


 そう言って、もはや弾の残っていない銃を構える。


「おいおい、そんなもので俺に立ち向かう? 舐めているのか?」


 奴の笑いが怒りに変わる。だが、やはり銃は警戒しているようだ。だが、俺は決して焦らない。物理法則も無視し、俺のイメージにより魂を自由に形成できるのであれば、銃弾だって造り出せるのではないか。それは、直感。しかし、結論。

 俺は、強くイメージを練り上げる。俺の直感に連動させた必中のイメージ。弾丸には圧縮した精神力を込めていく。


「ぶっとばす!」

「無駄な事を!」


 俺の気合い共に発射される魂の銃弾。しかし、奴の姿も瞬時に消える。通常の弾丸ならあたりもしないだろう。だが、俺の直感がやつの移動した方向を瞬時に教えてくれる。そして、発射された弾丸はこれもまた物理的な法則を無視した急カーブを描き追跡する。まさにホーミング。

 もちろん頭を狙うなどと言う精密なことなどできやしない。身体でもどこもいいと思った上での発射。


 バシッ!!!


 はじけるような大きな音と、稲妻のようなスパークが飛び散り、『伐者』の胴着がはじけ飛び、同時に奴も吹っ飛ぶ。今回は右に移動していたらしい。撃させておきながら理性は今になってその地点を認識する。なんとも締まらない話である。


「貴様!!」


 倒された奴ではあるが、まだ意識は飛んでいない。怒りをさらに膨らませて、立ち上がろうとしている。そう、祝福による防御が機能したから。それでも、数mは吹き飛んだ。ダメージはゼロではないはず。そして、『縮地』はさすがに使えまい。


「お前の負けだ」


 冷酷に俺は言い放った。この攻撃に抵抗できる手立てはないはず。咄嗟の思い付きだったが、俺の攻撃パターンの可能性が飛躍的に広がった。


「まだだ! まだ俺は認めない!」


 そして、また構えを取る。どうしても気絶するまでやりたいようだ。それなら、土の味をもっと楽しんでもらおう。


 そう考え再び銃を構えたその時、鋭い痛みが俺の左肩を貫いた。まったく何の気配もなかった。だが攻撃を受けた。しかも、このスーツを貫いて。


 別の敵? そう考えたが、それが飛来してきた方向は目の前の敵。しかも、肩で息をしている。


- 暗器か!


 ノーモーションで放たれたそれは、かなり長い針状のもの。気配を消して投げられたため、全く反応できなかった。さらには、銃に集中が必要であったことも影響している。


- 正統派、だとばかり思い込んでいた俺のミスだ


 昔のイメージに囚われすぎていた。まさか、このような暗器まで使えるとなると、安易な追撃は危険である。さらに、俺の直感すら反応しなかったのだから。だが、追い詰められたわけじゃない。むしろ、こんな攻撃をしなければならない奴の方が追い詰められているのだ。問題は肩の怪我の程度。深い傷だが、このあと動けるのかどうか。


 決着の時は近づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る