第14話 演習

 里の戦力は約30名。それに対して、自衛隊の面々と斉木が準備した私設部隊の合計が15名プラス俺。自衛隊隊員は10名でそのうち2名は女性。要するに少ない数でも十分に勝てることを誇示するデモンストレーション。皆、特殊なスコープと無線機が一体となったヘッドセットを付けた5名一組の分隊が三つ。俺も耳には連絡用のヘッドフォン。


 相手の位置は探索用ドローンを複数台飛ばし、そのデータが瞬時に解析され兵士たちの付けているヘッドセットに映し出される仕掛け。更には、里の結界ギリギリに斉木ら数名が陣取り、得た情報を分析して指示を出す。自動制御のロケットを撃ち込むわけではなく、所謂近未来戦争のスタイルを実現しやがった。


 もちろん武器は、ゴム弾に特殊なコーディングを行った電磁パルス弾。頭に当たればさすがに怪我では済まないが、それ以外ならよほど近距離からでなければ、行動を抑止できるもの。普通なら気を失う。他にも同様の殺傷性の低い制圧型の武器をいくつか持ち込む予定である。

 このチームでの演習を、既に俺がトレーニングに耽っていた1か月の間続けていたらしい。更に言えば、装備も俺の特殊スーツに耐火性能を向上させたものも新たに導入。文明万歳ってやつだ。


「お仕置きにしては大がかりだな」

「力の差を判らせないと駄目だからね」


 とは、斉木の正直な言葉。そのとおり、里は昔からの掟や考え方に凝り固まっており、科学や技術を否定する声が強い。社会を経験している者たちがそれを取り入れようと何度も申し入れたようだが、主に長老たちがそれを拒否してきた。拒否するのは『求道派ぐどうは』と呼ばれる面々で、伝統的な修行と戦闘方法こそが、日本を怪異から守り続けてきたと考える面々。

 ちなみに、人のレベルを上げるためには技術により開発された兵器では意味がないと考える頭の悪さ。それを言うなら、神社本庁の裏組織から加護を受けた武器を入手して使っているが、それも一つの技術ではないのか。


 まあ、俺が愚痴を言っても何も始まらないし、終わりもしない。御社のお館様は比較的開明的な考え方を持っているらしいが、それでも組織の意識をまとめるためには自分の考えを押し通せなかったということらしい。だから、これを機に改革を一気に進めるつもりなのだろう。俺としてはどうでも良い話だが。


「機器の状況は大丈夫ですか?」


 斉木が、里の結界の外に集結した部隊のメンバーに向かって声をかけた


「状況確認!」

「1ヨシ、2ヨシ、3ヨシ、4ヨシ!」

「問題ありません!」


 と、分隊長(?)の三人が順番に答えていく。さすが、軍人。いや、一組は斉木の用意した私設部隊だったっけ? でも見る限り装備も練度もほぼ同等か。ひょとすると元自衛隊員の人たちかも。今、自衛官を集めるのが大変みたいなのに、斉木がより高い給料でそれを雇っているとすると、迷惑な話だよなと考えたりもする。


 里の結界とは明確な壁が存在するものではなく、近づくと方向感覚を失いいつの間にか外に追いやられるというもの。所謂バッファーゾーン。更に、それを完璧にするため道路は里の中にはつながっておらず、里は森に完全に囲まれている。逆に言えば、そこに里があることを明確に認識できれば入ることが不可能ではない。歓迎されていない場合には、心理的にすごく嫌な気分を味わうことにはなるらしいのが、それこそ『特異種』との戦闘を考えればその程度の精神的な耐性は当然持っておかなければならないという訳である。

 ちなみに、俺は既に一度里にいたことがあるため、この結界はあまり効果がない。


「こちらは演習ですが、向こうは本気で反撃し、殺しに来ます。すでに何度も伝えていますが、そのことを再度肝に銘じてください。では、今から作戦を開始します」


 斉木が今回の襲撃演習の指令隊長といった感じであろうか。じじいは、斉木の隣で満足造な表情を浮かべて大人しくしている。


「作戦開始!」


 分隊長の一人が号令をかけ、部隊が一気に森に向かって進行を始めた。それと同時に、10台近いドローンが飛び立っていく。大型の司令車らしき装置は衛星通信措置を兼ね備え、上空から戦況を把握できる。

 そもそもこの里が今まで残されてきたのは、それぞれの時代の権力が存在を隠し、利用し、保護してきたからであり、自力でこの里を守れる力がある訳じゃない。


「兄さんは、自分のタイミングで自由に動いてもらっていいからね」

「まあ、せいぜい自身のルサンチマンを解消するがよいわ!」


 斉木とじじいが俺に言葉をかけてきた。


「好きなようにやらせてもらうさ」


 そう言いながら、俺はタブレットを手に取った。


「なるほど。ここに位置情報すら出てくるのか」


 スーツに取る付けられる小型のタブレット端末には、俺のターゲットである二人の退魔師の位置が赤く地図上に表示されている。もちろんそれ以外の退魔師等の位置も黄色で映し出されており、青い点は味方であろうか。


「青は味方でいいんだよな」

「それでいいよ」

「便利な世の中になったもんだ」

「そうだね」


「じゃあ、行こう!」


 腰には、短い金属製の棒。スティックタイプのスタンガンである。50万ボルトと言われているが、正直自分では受けていないのでその効果はわからない。ただ、斉木からは一発で昏倒と聞いている。バッテリーの問題で、持ち手部分が重いのがちょっと使い回わし難いと言った感じか。


 ゆっくりと、俺は森に向かって歩みを進めた。


                    ◆


 早速だが、数分前のうかつな自分を反省したい。いきなり、森の中に仕掛けた罠にかかりそうになってしまった。さらに、それを避けたところに矢が飛んでくる。全身黒づくめの修復されたスーツを着ている俺であっても、頭にも新型のスーツ一体型のヘルメットをかぶっているとしても、物理的な遠距離攻撃をふんだんに持ち合わせている訳ではないので、この場合にはまず避けるしか方法はない。


 敵の情報が入ってくるとは言っても、ドローンや衛星情報からのそれ。森に潜伏していた敵まで全て把握してくれるほど便利ではなかった。だが、幸いにも俺はその攻撃を避けられている。自衛隊での訓練は決して無駄ではなかったということだ。


 大方、敵がいる場所はわかった。樹の上に隠れている。だが、その程度ではこのスコープで直ぐに発見できる。サーマルビジョンと言うのあり、詳しいことは俺も知らないが日中でも熱を感知できる物があるらしいが、これはそれよりもレベルが高いらしい最新型。本来、夜間に使用する暗視スコープでかつ、調整により昼までの使用可能な優れもの。陽光の差し込まない森でかつ、性能を下げれば十分に使える。科学万歳!

 俺の目的の相手とは違うが、愁いを絶つ為にもきっちりと無力化させてもらう。


 その後、数度の交戦を経て俺は里の中心部に歩みを進めた。ゴム弾が入った銃は、既にここに来るまででほぼ使い切った。残っているのは接近戦闘用の武器と、俺自身の魂の攻撃のみ。

 ただこの里の連中は、普通の人間とは違い魂の姿をおぼろげにではあっても感知できる。しっかりと眼で捉えるものもいる。そして、今から俺が対する二人もまさに俺の魂の攻撃を見ることができる。


 広場では、一人の男が待ち構えていた。そしてターゲットであるもう一人は近くにはいない。


「誰が攻めて来たかと思えば、『兎野郎』か。剛毅なもんだが、返り討ちにされる準備は出来ているんだろうな。まあ、お前の場合にはらしく尻尾をまくって逃げた方がお似合いだがな。へっ!」


 俺に不敵な笑みを見せたのは『破魔』の四天皇の一人、『空斬』。名前はもう覚えていないし、思い出したくもない。細面でかつ細い目。だが、爬虫類のように長い舌を持つ性格の悪い奴。今はもう三十代半ばだろうが、昔から戦闘力だけはバカ高い。そして、奴の得物は大太刀と呼ばれる長い刀。腰にさしていては抜けないため普段は背に掛けているが、今は既に抜刀して構えている。おそらくはこれも加護とかを受けた妖刀のたぐいだろう。


 そう、俺は子供時代こいつに散々苛められてきた。こいつが中心になって集団を率いて俺に暴行を加え、友人を作らせなかった。その因縁の相手。そして、今は俺を殺す気満々で睨みつけてきている。だが、俺に負けるとは思っていない様で、自信満々である。大方、俺をどのように甚振いたぶるかでも考えているに違いない。しかし、10年以上経たというのに考え方や態度に変化がないというのは、さすがに時代に取り残され過ぎではないか。


「昔の俺と同じと思うな!」

「確かに、昔以上に汚らしい魂になったみたいだな。お前にお似合いのな!」


 俺は残弾の少ない銃を構えている。遠距離の攻撃手段は今はこれしかないし、奴の攻撃は知っている。距離は15mほど。

 遠方では、散発的な銃撃音と悲鳴、それに怒号が聞こえてくる。作戦は着々と進行しているようだ。


 刹那、奴が振り下ろした刃から不可視の攻撃が飛来する。俺は里にいた時から磨いてきた直感でその攻撃を避ける。数が多い! 一振りで十発以上の攻撃とは散弾銃のようなもの。俺が知る昔と比べて相当に腕を上げている。

 全てを回避できず、2発ほど食らったしまったが、転がりながらも頭部へのそれは避けきった。スーツのおかげでダメージは深くない。だが、休む暇なく次の斬撃。俺も、その攻撃を避けながら残りの銃弾を散発的に放つ。しかし、その銃弾も奴の放つ空気の圧力により方向が逸らされる。一発は、間違いなく弾丸を切り落とされた。瞬間に火花が散る。ゴム弾だとは言え、切り落とすとは。


「それで終わりか? おい?」


 俺の攻撃が終わったと思ったのだろう。奴のにやけ顔が深くなる。だが、これからが本当の勝負だ!


 低い姿勢から、俺は一気に距離を詰めた。その速度に多少驚いたのか、剣筋が微妙にずれる。そこで俺は何発の攻撃を受けることを覚悟して、右手を振るい一気に鎖分銅状にした魂の投擲を行った。距離は10mを切っている。十分に届く距離だ。


「何!?」


 奴には俺の魂が見えている。だから、その攻撃も当然見えているだろう。更には、奴の持つ妖刀は俺の魂を通さないかもしれない。だが、鎖分銅というのは元々剣士に対して効果的な武器なのだ。しかも魂を物理的な刃で断ち切ることは出来やしない。邪道と言われようが、これが俺の戦いである。


 当然ながら、こんな武器を使う『破魔』の退魔師はいない。だから、そのための対策も持ってはいない。更に付け加えれば俺の籠めた精神力は野獣に放ったのに近いレベル。普段人間相手の使っているのとはわけが違う。

 本当は、俺にも魂が見えればもっと機用に戦えるのだろうが、分かるのは手に繋がる感触のみ。それでも里を出た後で何度も使ってきた技であり、見えなくとも雰囲気はわかる。


- 大太刀で防ぎに来たが、それは下策だ。そんなもので払える訳がない。


 俺の魂の攻撃は、奴が避けるために左側に出した大太刀を通り抜けることはできなかったが、そこを支点として振り子のように奴に向かう。正確に言えば、太刀そのものではなくそこにある魂にも似た何かを基点にして。さらに、奴は瞬時に大太刀から片手を離すと、右に差していた小太刀を瞬時に抜くと後方に掲げて防ぎに来た。見事な動きである。

 だが、それも全く意味がない。更にもう一度それを支点として折れ曲がった攻撃は、支点により振り子の長さが短くなったことで更に速度を急速に上げて奴の頭に飛び込む。俺も三発の攻撃を受けてダメージはある。だが、何の装備もしていない相手の方がずっと大きい。


- どうだ!?


 短い呻き声が聞こえ『空斬』は膝をついたが、それでも憎々しげな眼を俺に向けている。どうやら、一発では意識を狩れなかったようだ。里にいる者たちの魂の強度は普通の人間より高い。特に、四天王ともなれば相当のレベルであるのは、『鬼霞』のおやじを見ていてもわかる。

 今の俺の攻撃では、人間レベルでも強敵であれば一撃では倒せないのだ。だが、まだ連発が可能。その隙に魂を直ぐに戻し、再び近づきながら今度は真っ直ぐに奴に向けて魂の鎖分銅を飛ばした。だが、ショックを受けたように見えても只者ではない。小太刀をすぐさま使って、膝を付いたままの姿勢ではあるが俺の攻撃を払いにかかる。この小太刀も妖刀の仲間のようなのは、先ほども感触で分かった。


 ただ、俺の攻撃が普通の鎖分銅であると思ってもらっては困る。魂は、じじいの言によると位相のずれた場所にある存在。そして、そこには物理法則は作用しない。


 俺は右手にある感触を頼りに、腕を振るうことなく鎖分銅の軌道を変える。物理法則通りの動きはこの実存の世界に生きる俺にとってもイメージしやすいため、通常はそのように扱っている。だが、俺の魂は重力の影響も受けないし、それどころか慣性の法則すら受け付けない。もっとも、それは容易なことではないのだが。

 小太刀を回避したそれは、唖然と驚いている『空斬』を尻目に、奴の頭の部分にある魂に大きな衝撃を与えた。それは感触により間違いなくわかった。そして、奴は崩れ落ちる様にその場に倒れ込んだ。


「やったか」


 それをフラグとは呼ばないでほしい。だが、それ程余裕を持ている敵ではないのだ。俺の攻撃が初見だったから、通用した面もあるだろう。そして、俺は倒れている奴の傍に行くと無造作にスティック状のスタンガンを押し付け、無言でボタンを押した。


 バリバリ、という音に俺の方が驚かされるが、『空斬』はぴくっと体を痙攣させ、間違いなく気絶したようだ。それを確認したあと、念のためにと奴の持っていた大太刀を取り上げようとするが、バチっ! という音と共に俺の手が弾かれる。そう、静電気と同じような感じ。ただし、静電気と違って何度やっても同じことが繰り返される。

 つまり、俺は精霊に嫌われているのだ。


 一つ目のタスクを終えた俺は、直ぐに小型タブレットを取り出して、次の相手を探そうとした。が、その必要はなさそうだ。いつの間にか、50mほど離れた場所で丸太に腰を掛けて観戦してしていたらしい。


「いつからそこにいた!?」


 俺が声をかけるが、口をつぐんだまま。こいつが俺のもう一人の標的。『伐者ばつしゃ』、辻村太郎。そう、お館様の子供で、次の長と目されている実力者。そして、『空斬』とはつるんで俺に暴力を振るったわけではないが、俺のことを『兎』と名付けた本人。


「俺と立ち会え」


 丸太から立ち上がった、そいつは俺に向かって言い放った。最初から、そのつもりである。言われるまでもない。だが、俺の戦い方はじっくりと見れらたと考えるべきだろう。更に言えば、もう銃弾は残っていない。


「もちろんそのつもりだ。さあ、楽しもうぜ」

「里を出て、戦える力を身につけると、全く面白いな。『兎』」

「その名前で俺のことを呼ぶな!」


 とは言え、現在の裏稼業におけるコードネームが『闇兎』になっているのは内緒である。


 相手は、袴姿。江戸時代からタイムトリップでもしてきたような様相。なのに、武器は持っていない。『伐者』という名前は、目の前の敵を全て倒すことからつけられたもの。正直、10年前のままでも一対一なら避けたい相手。先ほどの『空斬』の成長を見てもそのままであると考えるのは愚の骨頂でろう。昔からストイックなほど修行に取り組む奴だったのだから。

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