第13話 修行

 じじいは「叩き潰す」と言ったが、その中身は実のところ演習に近い。こちらは演習のつもりだが、向こうは本気という非対称な演習。これは、相手方の目を覚ますという側面と、俺を含む自衛隊等戦力の実力を上げるという名目。よって、練習のための演習ではなく、本気でかかる状態になっているからこそ意味がある。

 更に言えば、この戦いは圧倒的に勝たなければならない。単純に勝った負けたではなく、里の皆が昔のままの風習では役に立たないことを自覚する。その上で、手を取り合って新たな迎撃態勢を構築させるためにも必要なのことである。


 俺たちは朝食を食べると早々に、今回は見送りにきたお館様と簡単な挨拶を交わし里から出た。里は、車も携帯も、そして大部分の電化製品など文明の利器を排除した生活を送っている。結界に守られていることもあって、公共サービスを使えないという側面はあるだろうが、不便だから人間としての質が上がる訳でもないだろうに。全く時代錯誤な事である。

 そのアナクロさは里の若者たちも自覚しており、里の外に仕事に出ることが彼らの目標でもあったのは言うまでもない。もっとも、俺の子供時代には外に出るという可能性すら教えられなかったのだが。


「祐樹よ。少しは落ち着いたか?」

「ああ、気を使ってもらってありがとな」


 俺もかなり、幼女姿のじじいの存在に慣れたものである。運転席では、厳つい腰原が丁寧な運転をしている。公共交通を使用せずに車で移動しているのは、襲撃に備えてのこと。周囲に与える被害や影響を考えると、電車や飛行機は使えない。


 世界中から集まってくるという『特異種』が、いつ日本に来るのか、どのような形で『宝玉』と呼ばれるじじいを見つけるのか。正直、それはわからない。人ならざるモノに変化した澄田香住がかしずく『特異種』もじじいを容易に見抜くことができなかったのだ。しかも、今後じじいを奪い合うとすれば態々その存在を教えたりはしないだろう。


 当面は、安全ではないかという楽観的な予測の下、俺たちは比較的自由に動いている。もっとも俺が気付かないだけで、見えないところで国の機関がばっちりとガードしているんだとは思っている。


「これからの行動予定は?」

「斉木君と打合せじゃ」


「じゃあ、東京で?」

「うむ」


 数時間は、この車の旅を楽しむことになりそうである。事故でもない限り、夕方までには帰りつくだろう。GW を過ぎていることもあり、車の流れは非常にスムーズである。加えて、この車に割り込みや危険走行を仕掛け得てくる奴はいない。やはり、金持ち万歳なのだ。


「そうじゃ、お前に一つ情報じゃ」


「ん、なんだ?」

「今、日本に入り込んだと見込まれる『特異種』の数じゃが、最低でも三組」


「組? 人とか匹とかじゃなく?」

「どうも、『特異種』は『王種』と呼ばれるものをトップにして、『妃』あるいは『側室』という女性達を従えておるようなのじゃ」


「他に、部下の男とかは?」

「『ビースト』を部下として扱っておる様じゃが、その他は確認されてはおらぬ。まあ、船で入るにしても飛行機にしても、さすがに野獣を同時に連れ歩くことはできないじゃろうがな」


「ところで、日本への入国はどうしてわかった?」

「あやつらは、明らかに人を人間を見下しておる。通常の人間なら、威圧の力で強制的に言うことをきかせているみたいじゃが、機械はそれを見逃さん」


「要するに、カメラは語るってことか」

「異常をピックアップすれば分からん訳もない。そういう情報は、集まる仕組みができておる。じゃが一緒に連れている部下、ここでは仮に『妃』と呼ぶが、それの存在意義がまだわからぬな」


 車は、舞鶴若狭自動車道を走っている。威圧感たっぷりの黒塗りセダンの後部座席で、俺たちは会話を続ける。じじいは、昨日とはうって変わってショートパンツとシャツのラフな姿。しかし、このコーディネートは誰がしているのか?


「で、それに何か意味があると?」

「正直、まだ分からぬことばかりじゃ。じゃがな、一部判明しておる者たちは、全て元が人間じゃ」


「あんたの息子夫妻のようにか」

「うむ」


「そう言えば、あんたの義理の娘が、自分を変えてもらったようなことを言っていたな」


「それは、お主が別荘で聞いた内容じゃな」

「そうだ。正確には覚えてないが、そんなことを言っていたはずだ」


「ふむ。すなわち、日本に来てから多くの『ビースト』を生み出す可能性があるということじゃな」

「奴らは、どんな人間でも変えられるのか!? 適正とかは関係なしに」


「その原理はまだわかっておらぬ。じゃが、わしの眼が魂を見れるようになった話しはしたな」


「ああ、昨日聞いた」

「しかも、少々特別製じゃ。里の誰よりも優れておる」


「それはどうやって確認した?」

「わしにはな、魂の形や色だけでなく、魂に出来た傷が見える」


「傷?」

「そうじゃ。そして、そこに植え付けられたものも」


 やや深刻そうな表情に変わる。子供の顔というのは、本当に変幻自在である。だが、その中身が俺の爺さんと言ってもおかしくない年齢とすれば、どう対応すればいいのだろうか。


「植えつけられた、だと?」

「そうじゃ。実はな、今回の里の訪問も、それを見るためでもあったのじゃ」


「里の奴らにも、何か植え付けられていると?」

「違う違う、慌てるでない」


「もう少し、俺に分かるように説明してくれ!」

「『御社おやしろ』、すなわち今回訪問した里じゃがな、そこでは自然と一体になって人のレベルを上げるというのが目的じゃったな」


「ああ、そう聞いている。修業だけならわからなくもないが、怪異を倒すことも自然の力を得るために必要だなんて、胡散臭い説明もな」

「うむ。じゃが、それはある意味で正しい。今のわしには、魂だけではなくそこら中に漂う精霊の様なものも見える」


「精霊って、里でいう神々の加護…」

「おそらく、そうじゃろう。あの里には、その類のものが集まっておるからのぅ。里では厳しい修行により魂に傷をつけ、そこに精霊を取り込むことで人の位階を上げようとしているのじゃろうて」


「そんなこと、聞いたことが無い」

「まあ、わしも始めて言ったからのぅ」


 さらに、『鬼霞』のおやじが使っていた大剣などにも、精霊が練り込まれているという。その状況を加護と呼んでいるのではないかとじじいは説明した。要するに、魂を持った武器ってことか?


 この車にも、そうした材料がふんだんに使われているのだそうだ。だが、おやじの剣は受け止められし、へし折られた。この車が無事だった理由はよくわからない。どちらにしてもそうした加護のついた武器は、神社本庁から入手しているらしいのだ。それもあって、今回の会合に一人出席していたのであろう。あくの強そうな老人だったが。それにしても、満足できるような強い武器、あの敵に通用する武器が簡単にできるかとはとても思えなかった。

 仮にできたとしても、どちらにしても俺にまで回ってくる可能性は低いし、そもそもそんな武器を使いこなせない。


 じいさんは話を続ける。


「そして、わしらが見た『特異種』にも魂に何かが交じり合っておった。ただ、義理の娘の方は、大きく混じるというほどではなく、魂に何かが寄生している感じじゃろうか」


「寄生、だと?」

「このあたりの説明はたいへん難しい。わしも、眼が使えるようになって早々の話じゃったし、間違いという可能性は少しある」


「態々そう前置きするということは、自信はあると」

「おそらくな」


「じゃあ、あんたの息子はどうなんだ?」

「『ビースト』、あれはもっと歪じゃった。寄生した何かが人間の魂を食っている様な。まあ、これこそわしの感想じゃな」


「食っている?」

「うむ。『ビースト』は長生きできないのではないかとの報告を、斉木から受けた。それはわしの感想と比較的一致しておる」


 だんだん、俺の頭では理解できない方向に話が広がっている気がしてきた。だが、聞いておきたいことがある。


「それじゃあ、これは人類の進化ではなく、細菌かウイルスの仕業ってことなのか?」


「そのような存在を、ウイルスと呼ぶのじゃったらな」

「肉体ではなく、精神に寄生するウイルス」


「じゃがな、原因がそれであり外的要因により変化したとしても、それも進化の一形態じゃろうて」


 だが、じいさんや斉木はちゃくちゃくと準備を進めている。情報を分析し、陣御脈を構築し、今できることを着実に行う。正直、ちょっと感心している。最初は、変な金持ちじじいに捉まってしまったくらいに考えていたが、今では認識を改めたと言って良い。もちろん、本人に言うと図に乗るので、決して言わないが。


「で、俺は何をすればいい?」


「いきなりどうした?」

「俺の技、実際は技とも呼べない様なレベルだが、多少なりとはあいつらにダメージを与えたと自負している。だが、これじゃあ、全然足りねえ。どうすればいいと思う?」


「修行でもしたいのか?」

「ああ、20体以上も敵がいるんだろ。さらに子分が山ほど付いてくるかもしれんってか。いくら堅牢な受けをしていても、いつかは慣れられる。突破される。なら、もっとダメージを与える方法は持っておきたい」

「ほう、えらく前向きになってきたな」


「あんたのせいだが、あんたのおかげだ」


 俺は、真っ直ぐにじじいの瞳を見た。大きな眼は、その中心に不思議な輝きがある様にも見える。だが、それは雰囲気に流された俺の気のせいかもしれない。


「ふむ。悪くはない傾向じゃ。なら、斉木君に準備させよう」

「ああ、頼む」


 俺の提案を受け取った後、少し間をおいて、じじいが少しだけ夢見るようなそぶりで話を続けた。


「わしはな、人の肉体と魂は位相が異なる場所に存在しておると考えておる」


「位相?」

「まあ、異次元でも、並行世界でも良い」


「また、えらくSFチックな話だな」

「うむ。そして、我々人間は魂の世界にはほとんど手出しができない。じゃが、『特異種』にはそれができる」

「つまり?」


「非常に厳しい戦いになるということじゃ」

「それなら、はなっから判ってる」


「生き延びたいもんじゃな」

「あんたはもう、肉体も戸籍もなくなっているだろうに」


 頭を叩かれた。


                    ◆


 斉木の準備した修業とは、単純な肉体強化であった。


「おい、このトレーニングに意味あるのか?」

「文句を言わずに走れ!」


 確かに、俺は裏の仕事で建物への侵入や、時には誘拐された人の救出なども行ってきたが、それは魂を武器にして使うというかなりチートな方法に依存してきたのは間違いない。里では厳しい修練をさせられたが、抜けてからは一時期引き籠っていたのだ。もちろん、現在もそれに近いと言えなくもない。どちらにしても、運動能力は人並み程度にはあっても頭抜けている訳ではない。

 だが、あの敵に普通の攻撃など効かないだろうに。


「わかった。わかった。走るから、その棒で叩くのはやめてくれ!」


 じじいが調子に乗って、疲れて倒れそうな俺に『精神注入棒』と書かれた木の棒を叩きつけてくる。しかもスポーツジム内の走行路で。痛さはそれほどでもないのだが、幼女に叱り付けられるというこのシチュエーションが大きな精神的ダメージとして振り掛かってくる。ひょっとして、これが精神力を高める秘密トレーニング?

 もちろん、そんな訳はあるはずもない。


 里から戻って以来、週4日間のトレーニングが義務付けられた。肉体改造には週に2~3日の方が良かったのではないだろうか。既に2週間は続けている。おかげで、持久力はある程度向上したように思う。その上で、報酬はこのようなトレーニングをしていても振り込まれる訳だから、文句を言っても始まらない。

 いや、強いて言うならば、やはり斉木から振り込まれているこの状況は気にくわない。斉木は、じじいから一体いくら預かっているのだろうか。


「兄さん。そろそろ次のメニューに入るよ」


 そう言いながら、棒で叩かれている俺の近くに斉木がやってきた。相も変わらず、びしっと決まったスーツに優しい笑顔。その割に女性の影はないが、会社に数名いた秘書たちがライバル心を燃やして狙っているのは俺も知っている。

 次のメニューは、陸上自衛隊への一時入隊だった。つまり、ここまでのトレーニングはそのための準備だったのね。俺は愕然とした。


 さらに10日間、みっちりと鍛え上げられた。今の時代、企業研修でも自衛隊の体験訓練は取りいれられているらしい。多くは二泊三日だという。しかも、トレーニングは隊員たちよりも随分優しい。自衛隊の広報活動の一環らしいので、当然そうなるだろう。それでも根を上げる人が出るという噂だそうだ。

 だが、俺に用意されたのは絶対にそれと違うだろうってものであった。体験どころか、これ普通の隊員じゃないよなって感じの場所に放り込まれた。もちろん、俺に触れないことは徹底されていたが、それこそ『精神注入棒』とはレベルも硬さも違う金属の棒、所謂いわゆる鉄パイプで叩かれるのである。


 正直、よく死ななかったなと自分を褒めたい。どうも、レンジャー訓練というものらしいのだが、本当にやばかった。これでもごく一部、そのすべてを経験できたわけではないらしいのだが、山林や岩場を重い装備を背負って走る、隠れる、潜伏、攻撃。

 実はこの訓練への参加については、以前の戦いのときに参加していた人たちからの提案であったそうな。厳しい訓練だったし、何回も逃げ出そうと考えたが、終わった今となっては良い経験をさせてもらったと考えている。里での修練とはまた違う何かが鍛えられた気がする。


 ちなみに、俺の肉体修復速度が尋常ではないことを驚かれたのと、接触するなと言っていたにも関わらず、風呂で絡んできて痙攣して溺れた隊員がいることは秘密である。


 さて、里襲撃のXデイまであと4日。お館様とじじいの間で、対立構造は既に表面化されているらしい。もちろん、全ては八百長でもあるのだが。そうして、戦えない者たちを事前に里から逃がしている。


「で、どのような作戦を取るんだ?」


 斉木を前にして俺は尋ねる。


「陸上自衛隊を中心にした面的な制圧を図る予定だよ。『破魔』の主要メンバーの内三人だけは話を通してあるんだけど、それ以外には秘密のようなんだ」


「四天王の状況は?」

「二人は敵のままだね」


「あとの二人は?」

「外の業務に出るってことになっているよ」


命雫めいだの面々は?」

「戦えない人が多いから、原則は避難していると思うけど、巫女頭は残ってるだろうね」


「まだ、あの石頭ばばあのままか?」

「うん。そのままだね」


「前から聞きたかったんだが、あのばば、一体いくつなんだ?」

「さあ?」


「それで、俺はどうすればいい?」

「できる限り、四天王の二人の相手をしてほしいかな」

「わかった。でも、自衛隊員にやられた方がショック療法としてはいいんじゃいのか?」


「それは難しいかもだよ。数と時間をかければ不可能ではないけど、それじゃあ屈服しない」


「だから、里を追い出された俺がやるってことか」

「うん。難しいことだけど、兄さんにお願いしたいんだ」


「わかった。二人ってあの二人と考えていいんだな」

「そう。兄さんの良く知っている二人だよ」


 それを聞いて俺はにやりと笑った。まるで悪役のような笑い。だが、じじいの言った叩き潰すという提案。それは俺のPTSD、それを払拭させるための提案でもあるだろう。俺をさんざんにこき下ろし、辱めてくれた二人に反撃の機会をくれるのである。殺しはしないが、恐怖の一端は間違いなく味わってもらいたい。

 そう、リベンジに機会を俺はじじいによって与えられたのだ。なら、最大限その提案に応えよう。

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