第12話 御社

 その後も議論だか、情報の共有だか分からない会議が続いた。だが、そんなものは俺にとって退屈なだけでしかない。じじいの説明の中で、俺の攻撃が一定の効果を示したことに関しては、防衛省の堂垂と橋本が大きな興味をした。国の防衛を司るものとしては看過できないとの論には理がある。だが、俺にとっては効果すらわからないものを有り難く思える訳もない。有体に言えば、他の奴らが何を言おうとも知ったことじゃない!


 さすがに一時間を越えだすと俺の我慢も限界だ。


「じじい。正直俺はこんな話には関心がない。席を外させてもらう!」


 じじいの制止を振り切り、議論が予算等の俺には分からない複雑な話題に入り出した段階で俺は席を立った。もう顔見世としては十分だろう。こんな茶番の様な話し合いにいつまでも付き合わされるつもりはない。


 俺のそんな行動を、お館様を含めた参加者たちも唖然と見ていたに違いないが、既に俺はこの里の人間ではないのだ。あたかもそのように扱われているような雰囲気自体が気にくわない。


「ちょっと待て! もう少し話を聞け!」


「ちょと! ユウちゃん。待って! 話を聞いて!」


 宥めようとしたおやじの話も聞かず、俺は部屋を出ると一気に里の中を駆け抜け、随分昔、嫌なことがあるたびに一人で過ごしていた村はずれのお堂に走り込んだ。もちろん、俺の逃亡に気付いてすがり付こうとした貴美子も強引に振り切って。


「俺に、何をさせようというんだ!」


 誰もいない場所で吐き出す言葉は、誰に向けてのものでもない。自分の紡ぎ出す言葉を最もダイレクトに聞いているのは自分自身。静かに暮らしたいだけの俺を大きな事件に巻き込むことに対する不安。社会と触れられないのに、生き続けなければならない俺にとって、厄介事を増やすだけの状況。

 それが斉木とじじいだけで納まるならばまだ許せる。だが、俺は『御社』と共闘するつもりはまったくない。この前の戦いで、結果的には協力したような形にはなったが、行きがかり上やむを得ずのことなのだ。


 やや深い林の端にあるそのお堂は、昔のままの姿で残っていた。床と屋根、そして腰までしかない板張りの壁という粗末な造り。昔は何かを祀っていたのだろうが、もはや誰にもわからなくなっている場所。子供のころ、里の連中にいじめられた時に逃げ込み何度も過ごした場所。床下で蟻地獄を探したのも懐かしい。


 じじいとの契約の仕事の一環だと、自分にいい聞かせて訪れた場所ではあったが、やはり過去のトラウマは早々簡単には払しょくできるものではなかった。少なくとも俺にとって。


- いや、俺はここで一人だったのか?


 その疑念が心に持ちあがる。俺はここで一人ではなかったような気がする。誰かと一緒に泣いていた。だが、思い出せない。誰かと一緒に来ていた筈だが。その瞬間、強烈な頭痛が俺を襲う。過去に何度も経験したこの痛み。


- 貴美子だったか? いや、貴美子じゃない。では?


 2時間ほどは、一人でうずくまっていただろうか。時間は午後4時を過ぎている。気付けば、腰壁に持たれて眠っていたようだ。既に5月ではあるが、俺の定番のコート姿でもまだ山郷はまだ少し寒い。


「さすがに、いつまでもふてくされている訳にはいかないな」


「ユウちゃん…」

「うわっ! 出た!」


 俺の目に入ったのは、この古びた建物の外から様子を伺っている貴美子。こいつはこの場所を、そして何かあった時、俺がここに来ることを確かに昔から知っていた。確か、あのころはそこまで変態ではなかったはず? いや、既に少し妖しかったか?

そう言えば、かつてここに俺と一緒にいたのは女の子だったような気がする。


「出たって、、化け物みたいに言わないでよ」


「俺からすれば、あまり変わらないんだが」

「レディに向かって、失礼だとは思わないの?」


「いい歳して、エロネタしか言わない女のどこがレディなんだか…」

「それは、いつもユウちゃんが寂しがっているから、慰めてあげようと」


「そんなこと、一度だって俺がお前に求めたか!?」

「言われなくても、わかっているわよ。二人の仲なんだし」


「俺はお前とそんなに親しくない」

「忘れちゃったの? あの熱い関係?」


「そんなのは、最初からないわ!」

「昔は、二人で燃えるような体験をしたじゃない?」


「あれは、火の攻撃に対する修行だからな! それに、みんな一緒に修行を受けていたからな!」

「一緒ってっ。ポッ」


「ああん! 今から館に戻る! それでいいんだろ?」


 貴美子に少し邪魔されたが、気分転換の時間が多少は俺の心理状況をマシにした。さすがに子供の時とは異なる。確かに、もういいとしなのは俺の方だ。


 館に向かうあぜ道で、再び貴美子が俺の腕にしがみつこうとしてくるが、それを無視して俺は自分のスピードで歩く。しかたなくだろうが、貴美子は俺のコートの後ろを少し小走りについてきている。


 歩きながらさっき興味なく聞いていた議論を思い出す。俺の力を活用したいと言う件。仮に俺の力が日本防衛上役立つ内容であったとしても、それを俺から入手する術はない。なぜこのような異端の力を持っているのか、それを俺自身すらが分からないのだから。もちろん里でも解明できていない。更に言えば、それを調べるためのモルモットにされるのはもっと御免である。


 そんなことに時間を弄さなくとも、この里の『破魔』の連中には俺以上の攻撃力を持つものはいくらでもいる。そちらの能力向上や協力体制構築を図った方がずっとマシな戦略だろう。加護っていうやつも、じじいの車で効果があるのはわかったと言っているし。現実問題として、そちらをどうすれば性能アップできるかを考えるべきだろう。


 一方で今回分かったのは、敵である『特異種』には組織力が無いということ。ドラゴンに挑む冒険者たちも数で押し切るというのはファンタジー世界の王道である。人間であるなら先例に見習うべきではないか。多くの先人たちが英知を振り絞って練り上げた創作を先例と呼べるのであれば。


「相変わらず、子供じゃのぅ」


 館の前では、じじいが一人で待っていた。俺が戻ってくることを分かっていたようだ。ひょっとすると、俺たちを見かけた里の誰かから先に連絡が入ったのかもしれない。


「すまないな、じいさん。俺はどうもこの里が苦手でな」


「いろいろと聞いておる。まあ、今回は許そうかの。わしもお前の気持ちを考えずに連れてきたのは強引過ぎた」


「ほう、俺の都合も気にしてくれるんだ」

「わしらは、離れることのできないパートナーじゃからのぅ」


「これも給料分の労働だからな。俺もじじいの戯言たわごとには多少の妥協はしてやる」

「戯言とは何じゃ!」


 そう言いながらも、優しい笑顔で下から手を差し出すしぐさは嫌いではない。もう、じじとは身内のような感じがある。そう、俺に気兼ねなく触れられるのだから。それは貴美子も同じなのだが、なぜかそれを受ける俺の気分が全く違う。


「何か、失礼な事考えてない?」


 後ろから低い声がかかったが、いつもの如く無視。


「ほれ、今日はこの里に泊まる。じゃが、最後の挨拶位はできるじゃろうな」


「ああ、了解した。それも契約の内だ」

「ふん。多少は踏ん切りがついたんじゃな?」


「さあ、どうだろうな?」


 館に戻り、簡単なあいさつ。しかし、お館様のとある言葉がじじいの琴線に触れたようだ。残ると言い出したのを、今度は俺がなだめすかして宿泊のための場所に移動する。


「お泊りは、こちらの建物をご利用ください」

「ありがとう」

「……」


 めったに外部から人が来ることのないこの里における外来者用の宿は、外で働く者たちの宿泊所も兼ねているものだった。

 案内をしてくれたのは、まだ年端もいかない少女。俺に対して、何か相当な恐怖心を抱いているようだ。結局、案内においても始終幼いじじい側に立ち、じじいの顔しか見ていない。おまけに、せっかくひねり出した俺の猫なで声のお礼も無視された。


 案内された住宅は、館とは異なりごく普通の田舎住宅であるが、それでも俺の住み家よりはずっと大きい。


「さあ、風呂にでも入って休むとするか」


「無理矢理引きずり出しおって」

「物事には頃合いがあるんだよ、お嬢様」

「ぐぬぬ」


 気疲れの俺と、肉体的な理由から疲れやすいじじい。お互いに異なる理由で疲れを抱えて込んでいる。つまり早く体を休めた方が良いということ。


 なのに、つい先ほどまで幼児ゆえに酒がめないことをじじいは悔しがっていた。どうやら、残りのメンバーは地酒でも交わしながら第二次の議論を続けるらしい。と言うか、それって結局単なる飲み会だろ? そこから渋るじじいを無理矢理泊まる場所に引きずってきたのは俺。軽いから、持出しは容易だ。そもそも夜更かしどころか飲酒だなんて、本体である子供に悪いと思わないのだろうか。


「はいはい、諦めて、今日は早めに寝るぞ」

「これまで生きて来て、今日ほど悔しい思いをしたことはないわ」


「おいおい、それほどのことか?」

「ここの酒は最高なんじゃ! そんなことも知らんのか?」


「はいはい、知らん知らん」


 と言うか、この里そのものに興味がない。


 人間は、興味により活力を得てこの正解で生きていける。逆に言えば、何であろうが興味を失ってしまった人間は、生命として存続していたとしても生きているとは言えない。この興味という言葉の範疇は複雑で、嫉妬も執着も、そして悪意でさえも包み込む。非常に懐の広い概念である。


 そして、俺はこの山奥にある里で社会に対する大部分の興味を失った。すなわち、敵愾心さえも。ほぼ死んだも同然で、引き籠っていた期間は三年では済まない。斉木がいなければ、とっくの昔に餓死してこの世にはいなかっただろう。


 ただ、今、酒が飲めずに悔しがるじじいの気持ちと、それを体いっぱいに表現する幼子には、少しだけ興味を抱くことが出来た。少しは人間として進歩しているかもしれない。


「わかったわい! とりあえず、今日は諦める。じゃが、明日は…」

「飲酒は二十歳になってからな」


 先ほどの議論は、無人兵器の使用にまで話が飛んでいたらしい。確かに、人でなければ精神エネルギーっぽい何かによるダメージは受けないだろう。だが、その前に単純に飛んでくる銃弾掴んでるし、おやじの大剣を受けても傷がつかなかったんだぜ。いくら最新兵器が進歩しているとはいっても、人より強く早い無線操縦ロボットやアンドロイドがある訳でもなく、難しいと思うがな。


 それよりも、今回の戦闘ではっきり分かったことは相手の戦力が数として少ないこと。一騎当千でも、数が少なけりゃ手の打ちようはある。というか、斉木ならこの前の結果を踏まえ、当然複数の戦略を練っているだろう。


 どうやら準備されてる部屋は一つだけだった。昔懐かしい、田舎づくりの和室。二組の布団が用意されていた。もちろん、こんな幼い娘に欲情する俺ではない。俺の守備範囲は二十歳以上である。


 準備されていた風呂は、昔ながらの五右衛門風呂。とは言ってもさすがにドラム缶風呂ではなく、浴槽は温泉旅館的な仕上げの普通のものである。唯一の違いは、火力がガスや油ではなく薪と言うだけ。外から誰かが一生懸命火を起こしていた。

 じじいに先に風呂に入るように言いながら、俺は部屋にある座椅子に座り考える。


- だが、俺個人がやつらと戦うとすれば、どうする?


                   ◆


 夜中に貴美子の突撃はあったものの、さすがに里の人間が撃退してくれた。そして俺たちは次の日の朝を迎えている。俺が起きると、別室には既に朝食が用意されていた。じじいは、子供らしからぬ早起きで先に食事に向かった様である。


「芦田祐樹よ!」


「なんだ? 藪から棒に」

「お主は、この里に恨みがあるか?」


 朝から一体何を聞いてくるというのだ?


「いや、関心もない。恨む気持ちすら残ってない」

「なら、昨日は何故逃げた?」


- その話は、昨日もう終わったんじゃないのか?


 そう言おうとして、少し考え込む。そうだ、俺は関心がないと自分で思い込もうとしている。心の底では恨んでいる筈なのに。俺をいじめ続け、最後には追い出した。確かに俺が逃げ出した形にはなっているが、実質的には捨てられたも同然。

 答えの出せない俺に対し、みそ汁をすすりながら世間話のような雰囲気で、衝撃の提案を行ってきた。


「答えられぬか。なら、この際この里を叩き潰してみないか?」


「…、、、、何!?」

「言葉通りじゃ」


「昨日、あんた、協力体制のための打合せをしていたんじゃないのか?」

「誰がそう言った?」


「いや、そういう話だとしか思えなかったんだが」

「お主は、途中で逃げ出したではないか?」


「いや、確かにそうだけど、、、」


「なら、問題ないな」

「いや、問題大ありだろう! 新人類かないかは知らないが、化け物みたいな奴らと今から戦わないといけないんだろ? そんな時に、仲間同士で争ってどんなメリットがあるというんだ!?」


「ふむ。メリットならいくらでもあるぞ」

「俺にはまるっきり想像がつかん!」


「ほれ、少しは頭を働かせい」


 ニヤつきながら、卵かけご飯を食べている。幼い子は、卵の食べ過ぎはあまり体に良くないんじゃなかったか。メリットよりも、そちらの方がむしろ気になってしまうのは、これも問題かもしれない。


「でも、里には関係ない子供とかもいるんだし」

「それはメリットじゃないのぅ。まあ、必要ならば排除すればよい」


「恐ろしいこと言うな。じじいは、そんなに好戦的だったのか?」

「変なこと言うでないわ。わしは平和主義者じゃ」


「じゃあ、メリットとは一体何なんだ?」


「ふむ。わからぬか。まあよい。この里が閉鎖的なのは理解しておるな」

「ああ、骨身にしみて知っている」

「じゃが、そのままであの化け物たちと戦えると思うか?」


「無理だな。この前のを経験したメンバーなら、なんとかなるかもしれんが、知らないやつらは相手が本気を出せば瞬殺だろうな」

「わしもそう思う。でだ、世界中の『特異種』が日本を、そしてわしを目指しているという話は理解しておるな」


「ああ、この前目の前で本人から聞いたからな」

「迎え撃つためには、防御態勢を万全にせねばならん」


「それは俺もそう思う。画期的な新兵器でもできたならいいが、そんなもん、1年やそこらで出来る訳もないだろうしな。やるとすれば、罠作りだ」


「ほう、わかっておるではないか。では、わしらが迎え撃つに適した場所はどこじゃ?」


「なるほど、ここか。ここなら結界があるので、敵の接近を感知できる。しかも、神気が溢れており里のものにとっては有利な場所だな」

「ついでに言えば、都会では隠れる場所も多いが攻めるのもたやすい。さらに被害を考えれば」


「そういうことか」


 じじいが箸で俺を指しながら、にやりと笑う。それ、行儀が悪いからな。


「わしはこの里に防御陣を敷こうと考えておる。じゃが、里のものはそんなこと認める筈もない」


「それは国も理解しているのか?」

「国だけではない。お館、つまりこの里の長も承知しておるわ」

「おいおい、本当か?」


 さすがにその言葉には驚かされた。確かに、この里はいくつかのグループに分かれて権力闘争をしていたのを俺も知っている。求道派と開明派。それ以外のいくつかのグループも聞いたことがある。だが、長である絶遮ぜっしゃこと、辻村文三はそうしたメンバーを上手く抑えていたと聞いていたのだが。


「だから、昨日の会合にお前も連れて来たのじゃ。それなのに、一人で勝手に黄昏て飛び出して行きおるし」

「それならそうと、先に言えよ」


「こんな話を先にできるか!」


 まあ確かにそうだ。しかし、これから襲撃しようという相手に対して、その本拠地の中でそのためお議論をするとは。


「自衛隊も参加させるのか?」

「お前一人でやるか?」


「さすがに、それは無理だな」

「時期は6月。梅雨に入る直前じゃ」


「田んぼとか、畑はやばくなるな」

「その保証はきちんとするわ」

「じいさんが?」

「国がじゃ」


 なるほど。まあ、国家的危機に際して、劇薬を使うということだな。


「なら、俺も参加させてもらう」


「お前は、中心メンバーじゃ。最初から強制参加に決まっておる」

「げげ、人使いの荒い雇い主だなぁ」


「馬鹿もん! お前とわしは一蓮托生じゃ。そして、そこでは決して殺すなよ。この戦いの意味を教えてやるのじゃからな」

「俺はいいが、自衛隊のメンバーは大丈夫なのか?」


「その訓練も兼ねておる」

「一石何鳥を狙っているのやら?」

「わしは、欲張りじゃからな」


 そう言って笑うじじいの顔は、相変わらず可愛らしかった。

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