第4章 王都の黒騎士
第1話 王都巡り
あれから一ヶ月が経った。
ベルム村の人達や冒険者の皆さんはあの後すぐに元気になって、いつも通りの日常を取り戻しているそうだ。
あちこちに広がっていた黒い沼も、古代鰐が倒されてしばらくするとほとんど元通りになったらしい。
私はというと、時々訓練で怪我をした騎士さんの治療をしたり、書類仕事を抜け出して顔を出しに来る団長さんを叱ったり……。
意外とのんびりした日々を過ごしながら、騎士団での仕事にもかなり慣れてきた頃だと思う。
そうそう、この前初めてのお給料を頂いたんだよね。
これで必要なものを買い揃えられるし、何より用意しなくちゃいけないものがあるからね。
「私が王国騎士団専属の治癒術師だからだと思うけど、お給料貰いすぎな感じがするわ……」
街の治療院で働いていた頃の二倍のお金を支払われたものだから、コインを入れる袋がずっしりと重い。
このアイステーシス王国と私が育ったカウザ王国では、同じコインが流通している。
価値が低い順に銅貨、銀貨、金貨があって、銅貨が百枚で銀貨一枚。銀貨百枚で金貨一枚と同じ価値だ。
以前の職場では月に銀貨四十枚を頂いていたんだけど、騎士団では何と銀貨八十枚も貰えてしまった。
おまけにこれでお給料が固定な訳じゃなくて、その月の働きに応じて夏と冬にボーナスまで出るんだそうだ。
しっかり働けば昇給だってするというから、その気になれば家を買うのだって夢じゃない。
私は買うつもりは無いけど、騎士さんの中には既婚者も居るからね。お給料が良いから、若くして奥さんと子供が暮らす家を建てられるんだって。
そんな訳で、今日はお仕事が休みなので城下へ買い物に行こうと思うんだけど……。
持っている服は騎士団の制服と、ここに来る時に着ていたスカートとブラウス。
それと似た着替えが何着かあるけど、今日の外出にはちょっと地味なのが気になるのよね。
だって今日は……グラースさんに王都を案内してもらう約束をした日なんだもの!
「前もってお洒落な服を買いに行っておくべきだったかしら……! こんな恰好でグラースさんと並んで歩いてたら、彼に恥をかかせちゃうかも……」
けれど、自室でこうして悩んだところで新しい服が手に入る訳でもない。
ここはもう覚悟を決めて、グラースさんに会いに行くしかないわよね……。
結局私はスカートとブラウスというシンプルなファッションに身を包み、宿舎一階の談話室へと向かった。
「グラースさん、お待たせしました」
大きなソファに座って他の騎士さん達と談笑していたグラースさんは、私の声に反応して視線を動かした。
「ああ、レディ」
花が綻ぶような、ふわりとした笑みで私を見詰める彼。
グラースさんもいつもの鎧姿とは打って変わって、品の良いジャケットを身に纏っていた。
ううぅ……何を着ても似合うってズルいと思うんですけど……!
「待たせただなんてとんでもない。私も少し前にここへ来たばかりですよ。今日は私の誘いをお受け頂き、心から感謝致します」
「いいえ、こちらこそありがとうございます。グラースさんに王都を案内して頂くだけのお話だったのに、私の買い物にまで付き添ってもらう事になるだなんて……!」
「職業柄、王都の見回りで店の良し悪しには詳しいものですから。私の知識がレディのお役に立てれば良いのですが」
心なしか、談話室に居る皆の視線が生暖かい。
それに気付いているのかいないのか、グラースさんは彼らの目なんてお構い無しでニコニコと微笑んでいる。
「それでは参りましょうか、レディ」
「はい。今日は宜しくお願いしますね、グラースさん」
宿舎を出るとまず最初に見えてくるのが、同じ敷地内にそびえ立つ王城だ。
お城にはシャルマンさん達魔術師団の居住エリアもあるらしい。
それから二人で城下へと歩き出す。
「この王都アスピスは、北の王城から南下していくにつれて三つの地区に分けられています。私達が今居るのが王城地区。そこから先は貴族地区、一般地区と続きます」
「それじゃあ、日用品のお店などは一般地区にあるという事でしょうか?」
「そうですね。手頃な値段で購入出来るものはほとんどそこで揃えられるでしょう。例えば、贈答用の高級品を探すのなら貴族地区にある店が良いですね。必要なものに応じて使い分けるのがベストです」
そんな会話をしている間に、大きなお屋敷が立ち並ぶ貴族地区へとやって来た私達。
炎の魔石を使った街灯一つとっても洗練されたデザインで、まさしく貴族が住むに相応しい場所と言えるだろう。
王都そのものが巨大な湖の中心に位置しているのもあって、手軽な移動手段として水路が張り巡らされているアスピスの都。
警備の都合上か貴族地区は水路が少なめだけれど、この辺りに架かる橋もとてもお洒落で画になるのよね。
「あそこからゴンドラに乗っていきましょう」
少し歩いていった先にゴンドラの乗り場があり、彼に促されて私達は早速それに乗り込む。
小さな船に揺られながら眺める街並みは、馬の背の上から見た景色とはまた違った魅力がある。
水路を進む最中にもグラースさんがちょっとした情報を教えてくれて、退屈する暇も無く一般地区のゴンドラ乗り場に到着した。
そこからはまた徒歩での移動になるのだけれど、貴族地区よりも大勢の人で賑わう一般地区は活気に溢れていた。
「ここの通りには色々な店が揃っているので、レディが気になった所から回っていきましょうか」
彼の言葉通り、服屋や雑貨屋は勿論の事、冒険者向けの武器や防具を販売する店までずらりと並んでいるようだ。
最近は宿舎と訓練場を行き来するのがほとんどだったから、こんな風に知らない街を見て回れるのは新鮮で心が踊る。
さてと、まずはどのお店から覗いてみようかな?
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