第2話 あなたへの贈り物
必要なものを一通り買い揃えたところで、どこからか甘い香りが漂って来た。
「甘くて良い匂い……」
「あの店からのようですね」
彼が指差した先には、若い女性や子供が出入りしているお店があった。
気になって二人で様子を見に行ってみたところ、どうやらここはキャンディーを売るお店だったらしい。
だからこんなに良い匂いがしてきたんだね。
色彩豊かなロリポップや小さなキャンディーが並ぶ中、店の一角に人だかりが出来ていた。
見るとそこでは職人さんが飴を作っている真っ最中で、透明な板で区切られた作業台の上で大きな飴の塊をこねているところだった。
販売スペースと作業スペースを分け、こうして実演販売をするのが人気の理由なのかもしれない。
「少し見ていきましょうか」
「はい!」
グラースさんの言葉に甘えて、私達も他のお客さんに混ざって作業を見学していく事にした。
キャンディーショップの職人さんは、優しそうなおじさんとお姉さんの二人だった。
おじさんの方の職人さんは赤と緑と黒、そして白い飴の塊を用意すると、それを手袋をした手で伸ばしていく。
よく観察してみると、飴を冷やさないようにする為にランプで熱しながら作業をしているようだ。
飴は固まりやすいから、きっと素早く仕上げないといけないんだろうね。
伸ばした四色の飴を丸太のように一本に束ねて、そこから更に平べったくした赤い飴で丸ごと包んでいった。
今は横から見ると不恰好な模様になっているけど、完成したらちゃんとした綺麗な絵柄が見えてくるんだろうね。
それを台の上でゴロゴロと転がしながら、職人さんが二人掛かりで端の方から細長く伸ばしていった。
丁度良い細さと長さに揃えたところでカットしていき、一通りスティック状の飴を作った職人さんは次の工程に移る。
おじさん職人さんは薄く粉をまぶしたスティックを一本手に取った。
それを小さな台の上に添えるようにして持ち、もう片方の手にあるヘラのような道具を使い、目にも留まらぬスピードで数センチ程の厚さに切っていく。
それは熟練された職人さんだからこそ出来る早技だった。
次々に切られていくスティックは、何とも可愛らしい一口サイズのリンゴ柄の飴に変わっていったのだ。
「ご試食いかがですか?」
お姉さんの方の職人さんが出来立ての飴を配ってくれたので、私も一つ試食してみる事にした。
「わぁ、まだ温かいですね」
「ええ。そちらのお兄さんも、冷めない内にどうぞ!」
職人さんから貰った飴は、触れるとほのかに温かい。
それを口の中へ入れてみると、優しい甘さと爽やかな香りが広がった。
「おや、柄だけでなく味も林檎のようですね」
「可愛いうえに美味しいなんて、このお店にまた来たくなっちゃいました!」
「ありがとうございます! 他にも色々とご用意しておりますので、気になるものがありましたらご試食下さいね」
お姉さんの言う通り、お店の中にはコロコロとした丸いキャンディーや、花や果物の柄をした飴が瓶入りで並べられている。
「あの、グラースさん。もう少し色々見てみても大丈夫ですか?」
「ええ、勿論。私も見ていて楽しいですから」
「ありがとうございます!」
グラースさんのお許しも出たので、私は心置き無くお店の中を見て回った。
自分用に瓶入りのものを一つと、談話室に置いて騎士団の皆に食べてもらう用にもう一つ。
後は──
「こんなに荷物を持たせてしまってすみません……」
「いえいえ、この程度は苦労の内には入りませんよ。さて、それでは宿舎の方へ帰りましょうか」
新しい服やヘアブラシなんかの小物も色々と買ってしまったから、かさばるものや重い物は全部グラースさんが持ってくれている。
私は彼を荷物持ちとして扱うつもりなんて全く無かったのに、「レディにこのような大荷物は持たせておけませんから」なんて言われて、止める間も無く自分の手から取り上げられてしまった。
さらりと自然にこういう気遣いをしてくれるグラースさんは、本当に紳士だと思う。
婚約者だったオルコなんて、彼みたいに私の代わりに荷物を持つなんて発想は一切無かったもの。
あれ? 本当にどうして私ったらあんな男と婚約しちゃったのかしら。
宿舎に着いた私達は、買って来たものを私の部屋へと運び込んだ。
「レディ。今日は随分歩き回りましたから、今夜はゆっくり身体を休めて下さいね」
「グラースさんこそ、今日は貴重なお休みだったのに買い物に付き合って下さってありがとうございました。あの、これ気に入って頂けるか分からないんですけど……」
私はテーブルの上に置かれた買い物袋の中から、丁寧にラッピングされた水色の袋をグラースさんに差し出した。
「……ええと、今日のお礼です。気に入らなければこちらで処分しますので──」
「いえ、ありがたく頂戴致します」
すっと私の手から袋を受け取ったグラースさん。
どこか照れ臭そうにはにかむ彼は、私の贈り物に視線を落として言う。
「……参りましたね。まさか貴女に先を越されてしまうとは」
「え……?」
彼の言葉に戸惑う私に、グラースさんはジャケットの内ポケットに忍ばせていた小さな包みを取り出した。
「実は私も、今日という日の思い出にと貴女への贈り物を用意していたのです。受け取って……頂けますでしょうか?」
「は、はいっ! 喜んで!」
グラースさんの大きな手の平に上に乗ったそれを、私はそっと手に取った。
まさかグラースさんからプレゼントを貰うなんて思ってもみなかったから驚いちゃった。
今すぐ開けたら失礼かな……失礼だよね?
そんな風に頭の中でぐるぐると考え込んでいたら、
「おーいグラース、フラム! まだ昼飯済ませてないなら一緒にどうだ?」
なんて明るい声で、団長さんが昼食のお誘いをしてきた。
荷物を置くだけだからとドアを開けっ放しにしていたせいなんだけど、大人同士で照れながらプレゼント交換をしていた最中に話し掛けられるのは心臓に悪い。
「先に食堂行ってるから、来るなら来いよなー!」
言うだけ言って去っていった団長さんと、取り残された私達。
互いの手には、それぞれが贈ったプレゼント。
「ええと……お昼、行きましょうか?」
「あはは……そうですね。少し遅めの昼食ですが」
ひとまず二人で団長さんの後を追うべく、贈り物は互いの部屋に保管して食堂へ向かう。
そして昼食の後。
部屋に戻った私の顔は、きっと茹でた海老のように真っ赤に染まるであろう事実を知るんだけど……。
この時の私は、そんなの気付きもしていなかったんだ。
******
レディ・フラムから戴いた贈り物は、あのキャンディーショップで購入したであろう瓶入りキャンディーだった。
何種類かの色を組み合わせて作る小さな絵柄入りのその飴は、彼女が私をイメージして選んでくれたであろう雪の結晶をモチーフにしたものだ。
「彼女は私の事を思って選んでくれたというのに、私が彼女に贈った品は……」
今頃、彼女はこの部屋の向こうで包みを開けてくれているだろうか。
私がレディの為にと選んだのは、前回の休みに前もって購入しておいたバレッタだった。
それは彼女が選んでくれたキャンディーと同じく、雪の結晶を模した飾りが付いた品だ。
義理堅い彼女なら、きっとあの髪留めを使ってくれるだろう。
交際してもいない女性にそんな物を……と思われるかもしれないが、私だって贈り物が気に入らなければ捨ててもらって構わなかった。
私の気持ちを受け入れてもらえるかどうか──その判断は、彼女次第なのだから。
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