第7話 情熱は爆発だ

 いよいよクヴァール殿下と俺達騎士団、そして魔術師団による古代鰐討伐作戦が始動する。


「殿下、皆さん、どうかお気を付けて……!」


 フラムと村の警護にあたる騎士と魔術師達の見送りを受け、俺達は討伐対象である古代鰐が潜む沼へと向かうのだ。

 俺達の身を案じ、不安げな表情を浮かべるフラム。

 そんなあいつの心のもやを吹き飛ばしてやるように、俺は笑顔で手を振った。


「行って来るぜフラム! こっちの事はお前に任せたからなぁ!」

「はい、ティフォン団長! 団長さんも、怪我にはくれぐれも気を付けて下さいね」

「おうよ!」


 それに応えてか、あいつも多少ぎこちなく笑って小さく手を振り返してくれた。

 後はもうフラムに余計な心配を掛けないよう、がむしゃらに頑張るしかないだろう。

 相手は未知の古代種。物知りなシャルマンが居たからこそ情報が得られた、普通ならお目にかかれないような相手だ。

 俺もグラースも魔物相手に負ける気はさらさら無い。

 そもそも、泥で肉が溶けたら痛いに決まってるしな!

 フラムが言ってくれたように、あの黒い沼には充分に注意しないとならない。



 ベルム村から古代鰐が潜む沼までは、徒歩での移動になる。

 俺達はあちらこちらに点々としている沼の間を進む。

 場所によっては足場の悪い所もあり、うっかり足を滑らせて沼に落ちないよう慎重に難所を抜けていく。

 殿下をお護りするように俺が先頭に、グラースは殿下の後ろに続いている。

 その背後ではシャルマンが古代鰐の魔力に警戒しつつ、魔術師団の副団長は最後尾の辺りで同じように魔力感知をする。

 沼が広がる範囲とはすなわち、奴の活動範囲だ。

 いつどこから古代鰐が襲って来てもおかしくはない。

 だからこそ、魔術師団による魔力感知が俺達の身の安全の確保に繋がるんだ。


「シャルマンよ。古代鰐を討伐した後、村人達が完治するまではどれほどの時間を要するのだ?」

「古代鰐が生み出す泥沼は、一説によれば瘴気の一種だと言われております。討伐と同時に沼が消滅すれば、瘴気から来る病は徐々に沈静化していくかと思われます」

「瘴気によるものなのでしたら、数日もあれば安心ですね」

「そうだな。念の為、もう数日は村人達の様子を見るべく半数は村に残していくか」

「ええ、それが良いかと思われます」


 俺は殿下とシャルマン、グラースの会話に耳を傾けながら先を急ぐ。

 瘴気といえば、魔物の巣窟や強力な魔物が生息する地域に漂う毒のようなものだ。

 それは人類にとって害を与えるものだが、魔物にしてみれば最高の環境を作る魅力的な存在。

 瘴気の満ちる場所では魔物達の活動が活発になり、逆に人類がそこで活動すると肉体的・精神的な負担が蓄積されていく。

 ここら一帯の泥沼だって、このまま放置していれば更に濃い瘴気となってベルム村を崩壊させてしまうだろう。

 そんな事態にさせる訳にはいかない。騎士である俺達があの村を護らなければ──

 そう思うと、自然と闘志に火が付いた。

 俺は殿下の方へ振り返る。


「殿下、そろそろ目的地が見えてきます」

「うむ。皆の者、これより先はより一層気を引き締めて進むぞ」


 昨日グラース達と訪れた巨大な沼。

 調査の時点でも感じていたが、やっぱりここに居るあいつの魔力が規格外だ。

 魔力に敏感な魔術師は勿論、多少魔法が使える俺やグラースでさえ、その魔力を感じた時全身を電流が駆け巡ったような錯覚に襲われた。

 そんな相手との全面対決となる訳だが、この戦いの鍵を握るたった一つの切り札ってのが……。


「シャルマンの魔法、かぁ……」


 前にも魔術師団と合同で討伐をした事があった。

 あの時に初めてシャルマンの魔法を目の当たりにしたんだが、あれを魔術師と言って良いのか俺にはよく分からない。

 魔術師にしてはやけにアクティブな戦い方。

 しかし、魔術師らしくその攻撃はやはり魔法。

 俺やグラースは普段のあいつを知ってるから、性格と戦法のギャップはそこまで感じはしない。

 ただただ、その迫力と凄まじさに圧倒されるんだ。


 魔術師って、こんな感じだったっけ?


 そう思わずにはいられない。

 ただ、それだけなんだ。


「……ここだな」

「はい。この沼の底に、古代鰐が……」


 肌をピリつかせる攻撃的な魔力。

 沼全体を見渡しても、その魔力を発する相手の姿は見当たらない。

 すると、いち早く異常を察知したシャルマンが叫ぶ。


「……っ! 来ます! 皆さん泥に警戒を!」


 奴が叫んだすぐ後に、沼の表面がドプンと大きく揺れ始める。

 そして遂に、巨大な影がその姿を露わにした。

 ドパァン! と泥の底から飛び出したそれは、大きく宙を舞って着水する。

 体長は三階建ての建物ぐらいはあっただろう。

 全身は黒い瘴気の泥に覆われ、巨体が着水した反動で沼が外側へと溢れ出した。

 泥に触れた周囲の植物はジュワジュワと音を立てて溶け、その危険性を改めて感じさせる。


「これが伝承の古代鰐──ブー・クロコディル! 想像していたよりも大きかったわね……」


 おいシャルマン、素が出てるぞ。

 そう言ってやるべきなのか、少々判断に悩む。

 文献やら何やらで知っていたとはいえ、実物を目の前にすると驚くのも無理は無い。

 俺だってこいつのデカさには思わず苦笑した。


「おいシャルマン、こいつにも例のアレをブチ込むんだよな?」


 俺の言葉に、シャルマンは親指を立てた。


「当然でしょ! 逆に、ここでアレを使わないでどうやって倒すのかって話だもの」


 気合い充分といった様子で返事をしたシャルマン。

 そうしてあいつは亜空間から丸い玉を召喚した。

 それは魔力を込めるのに適した水晶玉で、手の平に収まるサイズだった。

 シャルマンは亜空間からそれをいくつも取り出したかと思うと、目をキラキラとさせながら言う。


「さあ殿下、皆さん! 私がブー・クロコディルの泥を無効化させるまで、安全な場所で待機していて下さいな!」


 やけに弾んだ声のシャルマン。

 俺達は奴の指示通りに沼から距離を取る。

 そして一人で沼と対峙したシャルマンは、まず一つ目の水晶玉に魔力を込めた。

 俺達の気配に気付いた古代鰐、ブー・クロコディルはこちらの様子を窺うように沼から顔を出している。


「ブー・クロコディル……神話の時代から語り継がれる魔物。それを相手にアタシの魔法を喰らわせられるだなんて、胸が踊るわ……!」


 シャルマン、興奮すると地が出るタイプだったのか。

 まあ、殿下もあいつの事はとっくの昔に気が付いてるだろうから、今更かもしれないがな。


「いくわよ! アタシの情熱、大爆発!」


 シャルマンは水晶玉を上に放り投げ、それを沼へと向けて思い切り蹴り込んだ。


「エタンセル・エクスプロジオン!」


 豪速球で蹴り飛ばされた水晶玉。

 それに込められた魔力とあいつの詠唱によって術式が完成し、ブー・クロコディルの鼻先で大規模な爆発を引き起こした。

 暴れる古代鰐。

 飛び散る泥。

 満足げにそれを眺めるシャルマン。

 これこそがシャルマンの得意魔法──爆発魔法。

 魔術師の武器といえば杖という常識を打ち破った、水晶玉を蹴り飛ばし爆発させる規格外の魔術師の業である。


「魔術師とは、このような戦い方をするものだっただろうか……」


 そんな殿下の呟きを掻き消すように、再びあいつの大爆発が古代鰐に向けて放たれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る