第8話 穢れを焼き払う者

「癒し手様、そろそろお昼時です。一度休まれてはいかがでしょうか?」


 殿下や団長さん達が古代鰐の討伐へ向かった後、今日も私は公会堂で患者さん達の治療に専念していた。

 彼らの身の回りのお世話を手伝ってくれていた村人の女性、マーナさんに言われた通り、気が付いたらそんな時間になっていたらしい。


「あ、本当ですね。それじゃあ私、すぐにお昼ご飯を済ませて来ちゃいますね」


 騎士団のテントが並ぶエリアには、簡単な食事なら作れる簡易的な調理場がある。

 そこで自分の分をパパッと用意して、それを食べてからすぐにここへ戻って来よう。

 そう思っていた矢先、マーナさんが私を引き止めた。


「お待ち下さい、癒し手様。宜しかったら、昼食をご馳走させて頂けませんでしょうか?」

「えっ、そんな……! マーナさんだってお忙しいでしょうし……」

「いえ、癒し手様のご苦労に比べたら私など……。私の家には畑の野菜がありますから、多少の余裕はあるのです。皆様にお届けしていただいた食材もあわせて、是非この村自慢の料理を召し上がって頂きたいのです」


 そこまで熱心に言われてしまうと、お断りするのも心苦しくなってしまう。

 せっかくお昼にお誘いしてもらったんだし、ここは彼女の気持ちを尊重するべきだ。


「……では、お言葉に甘えて」

「はい! 腕によりをかけてご用意させて頂きます!」


 そう言って、マーナさんは嬉しそうに微笑んだ。

 彼女の家は村のはずれの方にあり、家の裏には家族で世話をしている大きな畑が広がっていた。

 色々な種類の葉物野菜や根菜類を育てているらしく、マーナさん達一家は病人の食事もここから提供していたそうだ。


「立派な畑ですね」

「ありがとうございます。普段ならそろそろ出荷の時期なのですが、今は非常事態ですから……」


 その時だった。

 畑の方から発せられた、ほんの少しの違和感。

 それは例えるならそよ風のような些細なものだったのだけれど、微量な魔力を感じたような気がしたのだ。

 でも、ただ単に気のせいだったのかもしれない。

 だって今はもう何も感じないんだもの。


「癒し手様? いかがなされましたか?」

「え、ああ……何でもありません」

「左様ですか。それでは癒し手様、小さな家で申し訳ありませんが、どうぞお入り下さい」


 何となく引っ掛かるけど……気にしたところで解決するものでもないだろう。

 マーナさんに促されてお宅にお邪魔して、昼食に畑で採れた野菜を使った煮込み料理をご馳走してもらった。

 この村独自の名物料理というだけあって、食べた事の無いまろやかな味わいが特徴的だった。

 昼食が済んだら、また公会堂に戻って仕事を再開する。

 クヴァール殿下やティフォン団長、グラースさんにシャルマンさん。

 彼らは今もきっと、あの沼の主である古代鰐と戦っているんだろう。

 皆、どうか無事で帰って来て……。



 ******



「まだまだ行くわよ〜! エタンセル・エクスプロジオン! エタンセル・エクスプロジオン〜‼︎」


 シャルマン魔術師団長の猛攻はまだ続いていた。

 クヴァール殿下は表情には出さないものの、彼が次から次へと繰り出す爆発魔法の勢いに多少の困惑を感じていらっしゃるようだ。

 かく言う私もそうなのだが、やはりこれは何度目の当たりにしても圧倒されるものだった。

 大砲の如く発射されていく魔術師団長の水晶玉。

 爆発魔法と反応して、巨大な沼と古代鰐が纏う泥に変化が現れ始める。

 どうやらこの沼は酸の水と底に沈む特殊な泥の二層構造になっているらしく、古代鰐が暴れて中でそれらが混ざり合い、爆発魔法が何らかの作用をもたらし泥を硬質化されるようなのだ。

 硬くなった泥沼に潜り込めなくなったブー・クロコディルは、逃げ場を失い彼の魔法を喰らい続けるしか無い。

 硬質化した泥の鎧は爆発によってボロボロと剥がれ落ち、地肌が曝け出されていく。

 これならば私達の攻撃も通るようになる。

 あらゆる攻撃を無効化するあの泥さえ封じてしまえば、後はいくらでも打つ手はあるのだから──!


「今だ、我が王国騎士達よ! 私に続けっ!」

「「「「おおぉぉぉぉッ‼︎」」」」


 剣を抜き天を指した殿下の号令と共に、私達は一斉に駆け出した。

 すっかり岩場のようになった沼の上を走り、その後方から魔術師団による魔法の援護射撃が開始する。


「グブォォォォォォォン‼︎」


 炎、水、風、地。

 あらゆる属性魔法が雨のように古代鰐に浴びせられていく。

 そして──


「荒ぶる風よ、我が敵を呑み込むが良い! マクシモム・ティフォン!!」


 団長の風魔法は、大きな風の刃となって台風を生み出す。


「これだけのマナが満ちていれば……! 氷の槍よ、我に仇なす者を突破せよ! グラース・ランス・ペルセ‼︎」


 私の氷柱が次々と古代鰐に突き刺さっていく。

 そして、殿下は疾走と共に詠唱を始めた。


「我が呼び声に応えよ、光の精霊よ! 我が魂はその身を浄化する純白の光の聖剣なり!」


 殿下の剣はまばゆい白き光を纏い、痛みにもがく古代鰐の手足を避けながら、殿下は上空へと一気に飛び上がった。


「これで決める! ブラン・リュミエール・エペ・サクレ‼︎」


 振り下ろされた魔力の刃は、光の衝撃波となってブー・クロコディルを両断した。


「グゴァァァァ! ガァァァァァアアァァッッ‼︎」

「やったぞ! クヴァール殿下が古代鰐を仕留めたぞ!」


 喜びに沸く騎士団と魔術師団の面々。

 しかし、それもほんの束の間。

 殿下が斬り込んだその断面から、突然黒い霧のようなものが大量に吹き出したではないか。

 殿下はすぐにその場を離れ、私達も何事かとその光景に釘付けになる。


「これは、まさか……!」

「こんなに大量の瘴気を抱え込んでいたのね」


 いつの間にか私の隣に立っていたシャルマン魔術師団長。

 確かに魔物は多少の瘴気を纏っているとは聞いた事がある。

 けれども、こんなにもはっきりと目視出来る瘴気はこれまで一度も見た事が無かった。


「シャルマン魔術師団長、あの瘴気はこのままにしていて良いものなのですか?」

「良い訳ないでしょう? でも、アタシ達じゃ瘴気に太刀打ち出来るはずもない。神官や巫女様だって、あれだけ濃いのを浄化するのは命に関わるでしょうよ」

「そんな……っ!」


 あんな量の瘴気を垂れ流しにしては悪影響が出るだろう。

 しかし、彼の言うように私達には手が出せない。

 何か……何か手立ては無いのか……!


「……炎の御子」


 ふと、魔術師団長がそんな事を口にした。


「炎の御子は、命の炎を司る特殊な魔法を与えられた特別な存在。彼らはその炎によって、無念の死を遂げた者すらも蘇らせる超人的な魔法を操るの」

「その炎の御子というのが、何か関係があるのですか?」

「彼らの操るその炎は、時に世界の穢れすらも焼き払うと言われているわ。炎の御子なら、あの瘴気だって簡単に浄化出来るかも……」

「ですが、そんな貴重な魔法の使い手がそう易々やすやすと見付かるものではないでしょう。とても現実的ではありません」


 けれど、彼は私の言葉を否定した。


「いいえ、グラース副団長。アタシには心当たりがあるわ。アナタもよく知っているんじゃないかしら?」

「私が……?」


 驚異的な魔法の使い手。

 死の境地すらも脱する、超人的な魔法。

 炎の御子──それに唯一該当するであろう者の存在が……彼女の笑顔が、私の脳裏にフラッシュバックした。


「レディ・フラムが……炎の御子……!?」

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