第3章 村に起きた異変

第1話 ティフォンという男

 作業台の上には、薬草が山盛りに入った籠。

 続いて、小さめのお鍋の中に水を注ぐ。

 そこに手の平にちょこんと乗る程の大きさの赤い魔石をポトンと落とすと、みるみるうちに湯気が沸いてくる。


「さてと……ポーション作り、始めちゃいましょうか!」


 山での討伐任務を終えた翌日、早速サージュさんが育てた薬草を使ってポーションを作る事にした。

 私のせいで備蓄していた分が減ってしまったし、何より今は看病しなければならない騎士さんは居ない。

 私がやる事といっても、稽古で軽い怪我をした人を治すぐらいで、後はかなり自由な時間が多かった。

 それなら、その空き時間を有効活用するべきだ。そうと決まればすぐにやろう。

 こうして病棟の一角にある調合室に材料を運び込み、今まさに作業に取り掛かっている訳だ。


「お、やってるなぁフラム!」


 すると、お気楽そうな調子でティフォン団長がやって来た。

 こんな感じの人だけど、剣の腕は本物なのよね。


「はい。これから作り始めるところですよ」


 団長さんは私の隣に並び、興味津々といった様子で作業台に目を向けている。


「おお、それなら丁度良かった。ちょっと見学させてもらうぜ」

「ええ、勿論です。でも団長さん、お仕事の方は大丈夫なんですか?」


 今朝の朝食の時、グラースさんから団長さんは書類仕事を溜め込みやすくて困ってるって聞いたんだけど……こんな所で時間を潰しても大丈夫なのかしら。


「さてはお前、グラースに何か言われたな? ま、こうして新人の仕事ぶりを見ておくのも大事な事だろ。俺の事は気にするな」

「後でグラースさんに怒られても知りませんからね……」

「ははは、そん時はそん時だ!」


 良いのか、そんな感じで……。

 でも、私の事を気に掛けて様子を見に来てくれたのは……ちょっと嬉しいかな。

 こういう気遣いが出来る人だから、何だかんだいってグラースさんとも仲が良いんだろう。


「……ええと、それでは始めますね」

「おう!」


 先程入れた赤い魔石──炎の精霊が寿命をまっとうした時に残すという魔力の塊──によって沸いたお湯に、さっと水洗いした薬草を手でちぎりながら入れていく。

 適量を入れたところで、ガラス棒でゆっくりと中を掻き混ぜ、じっくりと煮込む。

 作業の様子を眺めながら、団長さんが言う。


「ほう、随分手際が良いな」

「先生のお手伝いをしていたので、これぐらいのものならよく作っていました」

「先生っていうと、お前のお師匠さんか?」

「ええ。性格にかなり癖のある人でしたけど、とても実力のある魔術師なんです」

「魔術師? 治癒術師じゃなかったのか?」


 意外そうに驚く彼に、私は一つ頷いた。


「はい。先生とは両親からの紹介で知り合ったんです。攻撃魔法や防御魔法、更には治癒魔法まで使いこなす魔術師なんですよ」

「そりゃあ凄いな。そんな人物がお師匠さんなら、フラムがこれだけしっかりした癒し手に育ったのも納得だな」

「そ、そこまで立派じゃないですよ! まだまだ分からない事も多いですし、ポーションが作れるのだって先生のご指導があったからですし……!」


 必死に否定する私の頭を、ポンポンと団長さんの手が撫でる。


「いやいや、まだ若いのにお前はよくやってるよ」

「ちょ、ちょっと団長さんっ⁉︎ 子供扱いしないで下さい!」

「はは、すまんすまん。だが、お前は配属された次の日に瀕死の患者を治したんだ。……グラースに聞いたが、かなり酷い傷だったんだろう?」

「……ええ」


 ブラッドベアに襲われたサージュさんの傷は、確かに酷かった。

 今思い出しても、あれは本当に危険な状態だったと思う。


「それだけの傷を負った相手を目の当たりにして、正気を保っていられる者はそう多くない。お前の場合は慣れもあるんだろうが……どれだけ危険な状態だろうとも、必ず患者の命を救おうとするお前の決意は、どう見ても立派だよ」


 そう言った団長さんの声が、さっきまでと違って低く穏やかで……。

 そんな風に言われたら、何だか鼻の奥がツンとしてきてしまう。


「……そう、ですかね」

「ああ。お前は治癒術師になるっていう夢を叶えて、そのお陰で救われた命がある。それが立派じゃないはずないだろ?」

「…………っ!」


 ああ、もうっ……!

 どうしてこの人の言葉は、こんなにも胸を揺さぶるんだろう……!


「……泣かせるつもりは無かったんだがなぁ」


 どうにか我慢しようとしても、何故か涙が溢れてくる。


「ま、ここには俺しか居ない。お前が良ければだが……胸ぐらい貸してやれるぞ」

「……っ、大丈夫、ですから……」

「そうか。……これから先、無茶はするなよ。何かあったら俺達を頼れ。お前はもう、俺の大切な仲間なんだからな」


 そう言って、団長さんは太陽のように微笑んだ。

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