第5話 フラゴル家

 私フラム・フラゴルは、優しい老夫婦の元で暮らしていた。

 けれど、私とは髪の色も目の色も違う、あまりにも歳が離れすぎた家族。

 それに違和感を抱いたのは、物心がついてすぐの頃だったように感じる。

 私が十歳を迎えた年だっただろうか。この両親とは、きっと血が繋がっていないんだろうと思ったのは……。


 私は思い切って尋ねてみた。

 すると二人は困り顔をして、互いに目を合わせて頷き合う。

 遂にこの日が来てしまったか……そう呟いてから、彼らは私達家族の真実を話してくれたのだ。


 私がフラゴル家にやって来たのは、まだ産まれて間も無い頃だったらしい。

 私の本当の両親は、孫の顔を見せようと故郷に顔を出したその帰りの馬車で、魔物に襲われて亡くなったそうだ。

 両親は私だけは命懸けで守ろうと、身体全体で覆い隠すようにして折り重なった状態で発見されたのだという。

 孤児院の管理者と交流のあったフラゴル夫妻は、その話を聞いて私を引き取る事を決めた。

 子供に恵まれなかった彼らは、私という存在を本当の娘ように可愛がってくれたのだ。


「両親が発見された時、まだ微かに息があったそうなんです。ですが、襲撃現場は一番近くの町からも離れていました。治療院の治癒術師さんが到着した時にはもう、絶望的な状態だったらしいです」


 言葉にするのも躊躇われるような惨状で、そんな中で私だけでも助かったのは奇跡としか言いようがなかったという。

 両親を失った私に愛情を注いで育ててくれたフラゴル夫妻には、本当に感謝している。

 彼らが居なければ、私は今どんな生活をしていたか分からない。


「でも、もしその治癒術師さんが両親を助けてくれていれば……二人はまだ死なずに済んだはずなのにって、凄く悔しくなりました」


 顔も名前も知らない、私の本当のお父さんとお母さん。

 私のように、魔物の手によって家族を奪われた人は大勢居る。

 こんな悲しい事が二度と起きないように誰かが──いっそ私がもっと優秀な治癒術師になる事が出来れば、救える命があるはずなのに……!


 その日から私は、治癒術師を目指したいと思うようになった。

 どんな人も、どんな怪我でも病でも治せる……そんな治癒術師に。


「そんな私の夢を応援してくれた今の両親も、四年前に他界しました。フラゴルの父と母と、あの日身を呈して魔物から私を守ってくれた両親……四人の為にも、絶対に夢を叶えようと努力したんです」

「……そうか。良い両親に恵まれたんだな」

「ええ、自慢の両親ですよ」


 私の話を最後まで聞いてくれたサージュさんは、私と真っ直ぐに目を合わせる。


「僕を癒してくれたのが、あんたで良かった。……本当に、ありがとう」


 そう言って、彼は小さく笑うのだった。



 無事に任務を終えた私達は、本来サージュさんに配達してもらう予定だった薬草をそのまま受け取り、王都への道を進む。

 私は行きと同じくグラースさんの馬に乗り、今度は落ち着いて景色を眺められている。

 あの時は全力疾走だったもの。こうして草原を走っていると、穏やかな風と空気を感じられて気持ちが良い。

 今はゆっくりと馬を走らせているから、身体を横向きにして座れている。ワンピース型の制服だから、跨がるのってちょっとキツかったのよね。


「それにしても、騎士団の皆さんが誰もお怪我をされなくて本当に安心しました。グラースさんも、無事に戻って来て下さって良かったです」

「今回は私一人でどうにかなる相手でしたから、こうして無傷で帰還出来たのです。次はどうなる事か……」


 しかし、と前置きをして彼は言葉を続ける。


「貴女の前では、常に理想の騎士でありたいものですね」


 そう言って微笑んだ彼の表情は、あまりにも甘やかだった。

 絵本の中の王子様のようなグラースさんに、私は思わず顔を背けてしまう。

 どうしてそんな表情で私を見詰めるの……?

 こんな至近距離でそんな優しい目を向けられたら……勘違いしそうになるじゃない。

 私は熱を持ち始めた頬に気付かれないように、草原を抜けた先に見える王都の湖に視線を注いだ。


「そうだ、レディ。今度休みが重なった時は、王都をご案内させて下さいませんか? 貴女がここに来てから、城下を見て回る時間もありませんでしたから」

「は、はい。嬉しいです」

「ああ、良かった……! それでは、その日を心待ちにしておりますね」


 流れで約束を取り付けてしまった。

 彼は声を弾ませて、ちらりと盗み見た顔は、さっきよりも輝きが増しているような気がする。

 グラースさんとお出掛けするのは全然嫌な訳じゃないんだけれど、こんなに素敵な人とお近付きになるなんてオルコの時以来だから──いや、オルコは全然素敵じゃなかったわ。

 素敵なのは顔立ちと地位だけで、それ以外はドン底最低のどうしようもない最悪の男だった。

 グラースさんをあんな人と同じ扱いにしてはいけなかったわ。そこだけは反省しなくては。

 ともかく、彼に王都を案内してもらえるのは素直にありがたい。

 宿舎の方に戻ったら、今度の休みがいつかチェックしないとね。


 こうして私は、初任務を無事に終える事が出来たのだった。

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