第2話 魅惑の魔術師
「もうっ、作業中に人を泣かせるような事言わないで下さいよぉ……!」
「だーから、さっきから悪かったって言ってるだろ? ほら、そろそろ鍋の中身も良い具合になってきたんじゃないか?」
やっと気分が落ち着いてきた私は、あまり反省を感じられないティフォン団長をじとりと睨む。
けれどもお鍋の様子を見なければいけないのは事実だったので、大人しくポーション作りに戻る事にした。
魔石の力でグツグツと泡立つお鍋の中は、薬草から滲み出たエキスでほんのり緑色に染まっている。
「団長さん、ポーション作りにお詳しいんですね」
「前任の癒し手がたまに作ってたからな。ここに暇潰し……じゃなくて、見回りに来た時に何度か作り方は見てたんだ」
「今思いっきり暇潰しって言いましたよね? やっぱりグラースさんに注意してもらわないと……」
「いやいや待て待て! 今回は違うんだ! 早まるなフラム!」
それでも『今回は』と言って来るあたり、今後もここに暇潰しに来る宣言にしか聞こえない。
うん、後でグラースさんにチクっちゃおう。団長さんにはしっかりとお仕事してもらわないとね。
私がそんな決意を固めているとは知らない彼は、大慌てで私を止めようと弁解している。
それを軽く聞き流しながら、私はお鍋の中の魔石をお玉でそっとすくい上げた。
後は残った液体を布でこして、一晩冷ましてから小瓶に移す。それに適量の魔力を込めればポーションの出来上がりだ。
「さっきも言ったが、お前の仕事ぶりを見に来たというのは本当だ! それに、もう一つ話しておかなきゃならない事があってだな……」
「何のお話ですか?」
濾した薬草液を保存しておくボトルを探していると、団長さんは真面目な顔をしてそう言った。
私はひとまず作業の手を止めて、彼の方に顔を向ける。
「来週、クヴァール殿下がここからしばらく行った所にある村へ視察に行かれるんだ。どうやら病を撒き散らす厄介な魔物が出たらしくてな。それに俺達も同行する事になったんだ」
「では、そこへ私もご一緒するんですね」
「ああ。どうにも魔物の被害がデカすぎるらしい。冒険者も雇って討伐に向かわせたそうなんだが、今じゃ村人と仲良く並んでぶっ倒れてるらしい」
病を撒き散らす魔物によって村人と冒険者が倒れ、村はほぼ壊滅状態。
症状が出ていない者達が何とか近くの町まで辿り着き、王都に救援を求めてきたのだそうだ。
魔物討伐を専門にする冒険者でも勝てなかった相手だ。ここで被害を食い止めなければ、いつこの王都にまで病が蔓延する事になるか分からない。
「今日の午後、城の会議室でミーティングがある。そこにお前も同席してもらいたい……っていう連絡もあったんだよな、うん」
「そういう大事な業務連絡は先にして下さいよ!」
「いやぁ、お前が楽しそうにやってるもんだから、これ言うのついうっかり忘れてたわ!」
「もう〜、このうっかり団長さん! グラースさんに言いつけちゃいますからね!」
「待てって、それだけは勘弁してくれって!」
その後、グラースさんが絶対零度の笑みで団長さんを懲らしめたのは、言うまでもなかった……。
そして午後一時。
私達はお城の会議室に集まっていた。
騎士団からは私と団長さんとグラースさんの三人が。
それから、今回の視察に同行するクヴァール殿下と、見知らぬ人物が二人。
着ている服が私と少しデザインの違うローブだから、多分魔術師さんかお城の治癒術師さんなのかもしれない。
「さて、それでは今回のベルム村の視察について話を進めよう」
殿下のお話が始まったので、私は彼らから視線を逸(そ)らして殿下へと顔を向ける。
相変わらずキリリと引き締まった表情と美しい銀髪に、王家の威厳をひしひしと感じてしまう。
そんな風に思いながら見詰めてしまったせいか、思い切り彼と目が合った。
そのほんの一瞬、殿下が私に微笑んだ。
……いや、それは私の気のせいだったかもしれない。
驚いて瞬きをした次の瞬間、クヴァール殿下はさっきまでと同じ真剣な顔に戻っていたからだ。
うーん……まあ、そんなに気にしても仕方が無いわよね。そんな事より、ちゃんとお話を聞いておかないと。
「騎士団と魔術師団、それぞれの団長には既に話が行っているだろう。今、ベルム村周辺には奇妙な魔物が出現し、猛威を奮っている。村人達はその魔物から発せられる謎の病に伏し、それを討伐に向かった冒険者までもが倒れたという。今回の視察はその魔物の調査・討伐と、被害者らの治療を行う事が最終目的となるだろう」
「その奇病というが一体どのようなものなのか……。魔物の情報は掴めているのでしょうか?」
ローブを着た人──魔術師団の団長か副団長さん──が問う。
しかし、殿下はそれに対し首を横に振った。
「まだ正体は不明だ。ただ、異変が起こる数週間前、村の近隣に黒い沼が発生したらしい」
「沼ですか……。それだけではどんな魔物が病の元凶なのか、見当もつきませんな」
すると、ティフォン団長の言葉に、魔術師団のもう一人の方が意見する。
「殿下、私は沼に棲み病を起こす魔物には憶えがあります」
「それはまことか、シャルマン」
シャルマンと呼ばれた淡い紫色の髪の男性が、静かに頷いた。
「ええ。ベルム村の辺りでしたら、沼地の主と呼ばれる古代
彼は自信を持って発言した様子で、それを聞いた殿下も満足そうに頷いた。
シャルマンさんは長い髪をゆったりと編んだ三つ編みを左肩に垂らし、細く長い指には魔石を嵌め込んだであろう指輪が輝いている。
いかにも優秀そうな知的な佇まいの彼。油断しているとつい見惚れてしまいそうになる。
この国は本当に美男子が多すぎやしないだろうか。
「その古代鰐というのは、あくまでも伝説上の存在です。ですが、近年それらの時代の魔物と思わしき生物が発見されているのは確かです」
「ではシャルマン団長、古代鰐への対抗策は何かご存知なのでしょうか?」
そう彼に質問したグラースさん。
シャルマンさんが魔術師団の団長さんだったのね。覚えておかなくちゃ。
「古代鰐はその身に特殊な泥を纏わせる。その泥の鎧は、どんな攻撃をも通さなかったと伝えられております」
「そんな……っ! それならどうやってそいつを倒すというんだ!」
「まあまあ、落ち着きなさいなティフォン団長。その泥には、一つだけ弱点があるのです」
「それは本当か⁉︎」
「ええ。私の魔法であれば、その鎧を破壊する事も可能です。後はそちらの騎士団と私の魔術師団が連携を取れば、倒せない相手ではないでしょう」
余裕の笑みを浮かべるシャルマンさん。
それに対して、何故だか不安げな表情をしているティフォン団長とグラースさん。
けれど、シャルマンさんが古代鰐の泥に対抗出来るのであれば心強い。
「古代鰐の討伐を終えた後は、そちらの可愛らしい癒し手さんと、我々のポーションを使って村人達の治療に移りましょう」
「そうだな。お前達の働きに期待している。では、明日の朝までに準備を整えておくように」
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