第2話 転機
クヴァールさんに連れられてやって来たのは、森の中でも木の少ない広い空き地だった。
そこには積荷を乗せた馬車が二台と、テントがいくつか建てられていた。
あちこちで松明が燃えていて、夜の森でも心細さは感じない。
すると、私達が来たのに気付いた鎧姿の男性が近付いて来た。
「クヴァール殿下! 重体の女性というのはもしや……」
「ああ、彼女の事だ。治療は済んでいる。心配を掛けたな」
「危険な状態との報告を受けましたが、そちらの女性はもう歩かれても良ろしいので?」
明るい場所に出たから今になって驚いたんだけど、クヴァールさんもこの騎士さん? も、とても爽やかな顔立ちをしているのね。
クヴァールさんは切れ長の目と一つに束ねた長い銀髪が綺麗だし、騎士さんの方は新雪のように真っ白で柔らかそうな癖毛と、優しい目元が印象的だ。
というか、今殿下って呼んでなかった?
もしかして……いや、こんな所で会うはずもないと思いたいけど、それぐらいの地位の人じゃないとこれだけの騎士を率いてはいないのかな。
「ポーションでの応急処置をしていたのだが、彼女が意識を回復して自力で治癒魔法を使い、一命を取り留めた」
「治癒魔法を?」
白髪の騎士さんはこちらに目を向ける。
「レディ、貴女は治癒術師だったのですね」
「はい。運良くクヴァールさん達に助けて頂いたお陰で、どうにか無事で済みました」
「クヴァールさん、か。くくっ……」
呼び方が悪かったのか、何か面白かったのか。
私も騎士さんみたいに殿下と呼んだ方が良かったのかな。でも、クヴァールなんて名前は聞き覚えが無いのよね。
呼ばれた本人は小さく笑っているし、それを聞いた騎士さんは何とも言えない表情で咳払いをして、話を再開した。
「……それは本当に良かった。ではレディ、あちらで詳しい話をお聞きしたいので、ご同行をお願いします」
騎士さんの先導で、奥の方にある大きなテントへ案内された。
中には持ち運びしやすい組み立て式のテーブルと椅子が並んでいて、そこに座るよう促される。
私の前にはクヴァールさんが座り、その斜め後ろに騎士さんが立つ。
「さて、まずはそなたの命が助かった事を神々に感謝を捧げよう。ここ数年、この森では
「遺体が何度も……⁉︎」
「ええ。貴女のような年若い女性から、富豪のご老人までもが見付かっています」
「この事件の調査と見回りを兼ねて今夜ここを訪れたのだ。そこで瀕死のそなたを発見したという訳だ」
そんな恐ろしい事件が起きていただなんて……。
でも、それと私がオルコに刺された事と関係があるのかしら?
「早速だが、そなたの名とこの森に居た理由を聞きたい。近隣に住む者であれば、わざわざここに来る事も無いだろうからな」
「フラム・フラゴルです。治癒術師として働いています。ここに来た理由は……」
本当の事を言っても……大丈夫よね。
オルコは私を殺そうとしたんだし、庇う意味なんて無いはずだもの。
「……婚約者の浮気を知ってしまって、逆上した彼に無理矢理連れて来られたんです」
それを聞いて、二人は眉間に皺を寄せた。
無理も無いだろう。誰だって痴話喧嘩の末に殺されそうになったなんて聞いたら、簡単に聞き流せるとは思えない。
「人目に付かない場所で殺人を企てられたのか」
「その婚約者というのは、普段からそのように危険な男性だったのですか?」
「いえ、そんな事は……。でも、今思えば私を連れ去る時、何だか手慣れたように思いました」
オルコはあらかじめ誘拐の手助けをする男を待機させていたし、例の場所へ連れて行けとも言っていた。
まさかとは思うけど……彼は私以外にも同じ事をしていたの?
私の話を二人に伝えると、クヴァールさんが言う。
「オルコ・ドラコス……伯爵家の嫡男か。あの家の男共は女癖が悪い事で有名だったが、その跡取りも例に漏れずとはな」
「カウザ王国のドラコス伯爵家……あのような家に嫁いでは、遅かれ早かれ大変な目に遭うのは避けられなかったでしょう。貴女が助かったのは本当に幸運です」
「そ、そんなに有名だったんですか……」
治癒魔法についての勉強に明け暮れていたから、世間の事に疎いのが災いしたのかもしれない。
ドラコス家がそんな人達だと知っていたら、絶対に婚約なんてしなかったのに……!
「ドラコスはそなたがまだ生きているとは知らん。このまま元の生活に戻っては、再び命を狙われてしまうだろう」
「そう……ですね……」
「あやつがこの連続殺人に関わっている可能性もある。この事件が解決するまではそなたをこちらで保護したいと思うのだが、どうだろうか?」
「衣食住の提供もさせて頂きますよ」
彼らの言う通り、このままでは街には戻れない。
オルコは父であるラルウァ伯爵に逆らえないと言っていた。婚約者が居るにも関わらず、結婚式を目前に浮気をしたと世間に知られれば、ドラコス伯爵家の評判は今以上に悪くなってしまうだろう。
彼に殺されたはずの私が生きているというのは、伯爵家にとって大きな痛手となるに違い無い。
ならば、私の無事が保証されるまで、クヴァールさんに保護してもらうのが最善だと思う。
「……お願いします。どうかオルコを捕まえて下さい。あの人は、自分の手で私を刺してきました。あんな人を放ってはいけない……!」
私の言葉に、クヴァールさんは頷いた。
「勿論だ。そなたの身の安全はこの私、クヴァール・フェ・アイステーシスが保証する」
「アイステーシス? それって、アイステーシス王国の……?」
クヴァールさんが苦笑する。
そして、騎士さんは眉を下げて困ったようにこう言った。
「やはりお気付きではありませんでしたか……。クヴァール殿下は、アイステーシス王家の第一王子であらせられます。国王陛下の命により、我々王国騎士団と共に事件の調査を行なっていたのです」
「クヴァールさんが、アイステーシスの王子様……!?」
とても品の良い人だとは思っていたけど、まさか王族だったなんて……
じゃあ私、王子様が着ていたローブを借りちゃってるの⁉︎
後で洗って返そうかなとか思ってたけど、王族が身に付けるものを庶民の手洗いで返すなんて失礼すぎるわよね⁉︎ どうしたら良いのよ!
「わ、私、王子様にとても失礼な事を……!」
「気にせずとも良い。殿下や王子以外の呼称を使われるのは子供の頃以来で、新鮮味すら感じた」
「ですが殿下、万が一王城でも同じように呼ばれては問題になります。レディ・フラムも、どうか殿下との距離感にはお気を付け下さい」
「はい、ごめんなさい……え、ちょっと待って下さい! 王城でもって、もしかして私お城に保護されるんですか⁉︎」
「ああ。そなたはカウザ王国の民ではあるが、我が国の領土であるこの地で事件に巻き込まれた。それにカウザの貴族が関与しているのであれば、国際問題に発展するだろう。殺害された者の中には、我が国の貴族も含まれているからな」
だから私はアイステーシスのお城で保護されるのだと、クヴァール殿下は説明した。
確かに王様達が暮らすお城に住むのであれば、オルコの手が及ぶ事も無いんだろう。
だけど私は普通の庶民だ。一応貴族と婚約はしていたけれど、結婚するまではこれまで通りの一般的な生活をする予定だった。
なのにいきなり貴族を飛ばして王族と同じ場所で暮らすだなんて、不安が大きい。
それを見越していたらしい殿下が、騎士さんに提案を持ち掛けた。
「……なあグラース。騎士団は癒し手が不足しているそうだな?」
「は、はい。先日長年勤めていた治癒術師が引退したので、城勤めの治癒術師に騎士の治療も依頼していますが……」
「本来ならば城に勤める者とは別に、騎士団専属の癒し手が居た方が何かと都合が良い。フラムは腕の良い治癒術師だ。騎士団で受け入れるのも悪くは無いと思わんか?」
「それは……確かに、彼女が来て下さるのならありがたいですが……」
「そなたはどちらが良い? 城で穏やかな日々を過ごすというのは、知人も居ないそなたには何かと退屈だろう。騎士団の癒し手となれば、ここに居るグラースをはじめ、騎士達が話し相手になってくれるだろう」
グラースさんの所属する騎士団が生活する宿舎は、お城と同じ敷地内にあるらしい。
そこに私の部屋を用意してもらい、騎士団専属の治癒術師として雇ってもらう事も可能という訳だ。
お城で何もせず過ごすより、何か仕事をしていた方が気晴らしにもなると思う。
それに、治癒術師として働けるならこんなに嬉しい事は無い。
私は大喜びで頷いた。
「騎士団で働かせて頂けるなら、是非お願いします! 私にはそれぐらいしか恩返しが出来ませんから」
「そう言ってくれると思っていた。ならば明朝、王都へ出発しよう」
こうして私は新しい就職先が見付かった。
私の魔法なら、きっと彼らの役に立てるはずだ。
その後、わざわざ私一人の為だけに空けてもらったテントを使わせてもらえる事になった。
夕食を済ませた後は早めに眠り、明け方にはアイステーシスの王都へと向かうのだった。
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