第2話:勇者、はじめての戦闘

 静寂の世界で、俺は思案していた。

 ……そして、天啓に導かれるように思い至る。大いなる真実ってやつに。


「マンガやゲームの主人公における、いわゆる伝説の勇者ってやつは、往々にして今の俺とおんなじ境遇だったじゃないか!」


 すごいぞ、俺。かつてないほどに頭が冴えわたってやがるぜ。

 

 現在のステータスは以下の通りである。

  武器:なし

  防具:灰色のスウェット

  所持金:0G


「これぞ、まさしく勇者……ッ!」


 某ドラゴンRPGの勇者だって、初期装備は『布の服』とか『ヒノキの棒』じゃん?

 つまり、げんなりしたくなるような俺の不遇な状況も、勇者の試練ということになる。そう思えばやる気もメラメラと湧いてくるから不思議だ。

 土砂降りの中、俺は行動を開始する。じっとなんかしてられないぜ!


 ひとまず、やることといったらなんだろう?

 その自問に対し、これまでゲームで培ってきた脳みそをフル稼働させて熟考した結果、


「可及的速やかに装備を整えなくてはなるまい。……モンスターを駆逐して効率的にレベル上げをするには、やはり、武器だ。雑魚を蹴散らすための武器が必要不可欠だろう」


 そう結論を下して、俺はドンキホーテにやってきていた。驚安の殿堂である。

 しかし、それは世を忍ぶ仮の姿。ここは、なんでも揃う道具屋なのだった。


「……俺は勇者。……俺は勇者。……俺は勇者」


 俺は有るか無しかの声で呟き、自らを鼓舞しながら、陳列された道具に素早く手を伸ばし、そしてそれを…………引くッ!

 巡回している敵に悟られぬよう、周囲の気配に細心の注意を払いながらも、それをポケットに忍ばせる。

 勇者なんだから、この行為が罪に問われるはずもなく。正義は我にあった。

 

 ……だって、だってだぜ? 世界を救ってやろうってんだから、これくらいの見返りはあって然るべきなのはもはや言うまでもなく、そもそもゲームとかでもさあ、他人の棚とか普通に物色するし、壺なんか平気で叩き割るし、大切にしているであろう宝箱の中身なんかを笑顔で簒奪しても、最終的に結果を出せば称えられるじゃんよ! つまり、そういうこと!


 つーわけで、何食わぬ顔で店外への脱出に成功する俺。


  武器:雷鳴剣←New!


 それから俺は、先ほどの公園に戻って仮眠をとることにした。HPの充足は大切だからな。俺はこまめにセーブと体力回復を挟む派なんだぜ。


   ×


 最悪の起床は、奇声によってもたらされた。

 朝。登校時間。公園にて。

 クソガキども――小学校低学年くらいだろうか――が、やかましく騒ぎ立てていやがった。

「まったく、うるさくてかなわんぜ……」吐き捨てながらドーム型の遊具から這い出た俺は、「――なッ!?」瞬間、後頭部を鈍器で殴られるような衝撃を覚えた。


「おまえっ、きもちわるいんだよっ!」

「そうだそうだっ! バーカバーカ!」

「やーい、やーい! 泣き虫めーっ!」


 そこで目にしたのは、三人のクソガキが輪になって、中心で頭を抱えて亀のようにうずくまる少年を寄ってたかって痛めつけている光景だった。


「や、やめておくれよぅ……」


 消え入りそうな少年の声に、俺の中でナニかが爆ぜた。どす黒い苛立ちが募る。

 安眠を妨げられたことで、多少なりとも寝ぼけてはいたが、しかし、勇者としての使命だけはハッキリと自覚していた。


「ええい、やめんかッ! クソガキどもッ!」


 ジャングルジムの頂点にて、勇者たる俺は声高に言い放つ。

 だというのに、クソガキどもはこちらをチラリと見ただけで、制止の呼びかけに耳を傾けることもなく、暴力を再開した。


「とうッ!」


 颯爽と飛び降りる俺……!


「いでぇッ!」


 足を負傷する俺……。

 

「く、くそう……クソガキの分際で、卑劣なり……! 着地点に罠を仕掛けるなど……」

「な、なんだァ~~~? こいつはァ~~~?」


 クソガキの一人が間延びした声で俺の登場に驚愕している。その呆けたような面持ちのまま、ハナタレ小僧が暴力を中止すると、伝播し、気付けば全員の手を止めることに成功していた。

 ク、ククク……作戦通りなんだぜ……! ホントだぜ!


「どうして、そんなことをしている?」

 

 俺は冷然とクソガキどもに真意を問うが、誰一人として質問に答えることなく、一様に沈黙を貫いた。会話が成立しない。

 ……そこで、ある最悪の想像が、脳裏をよぎった。


「ま、まさか……これは、魔力による精神汚染……ッ! な、なんということだ……こんな男子小学生までをも、モンスターと化してしまったというのか……ッ!」


 魔王として君臨する親父の魔の手が、この街を覆い尽くしつつあるってことだ。

 考えたくもないような、そんな事実に、ぞわり、と総毛立つ。


「や、やべえ……なに言ってるんだ、こいつ……?」

「きっと頭がおかしいんだよ。そういう人がいるって、お母さんが言ってた!」


 こうしてみると、クソガキの発言も低脳ここに極まれりって具合なわけで、狂暴性から鑑みても、彼らがモンスター化したのは、もはや確定的と思われた。

 俺が憐憫の視線を向けていると、クソガキどもは互いに目配せをしてから、またまた少年へと悪意を向ける。どうやら俺を見なかったことにしたらしい。

 ……というか少年よ、どうして隙をついて逃げ出さなかったんだよ、バカが、そんなふうにすっトロいからイジメられちゃうんでしょうがっ!

 などとは思いつつも、勇者なので、その務めは果たしてやるのだった。


「こんクソガキゃあっ! 勇者であらせられる俺様を無視してんじゃねえぞッ!」


 怒りに身を任せた俺は、がら空きになっているクソガキの背中に、渾身の飛び蹴りをぶちかましてやる。


「ぅぐわぁっ――な、なにすんだァ~~~? 先生に言いつけられてもいいのかァ~~~!?」


 派手に吹っ飛んだクソガキの言葉を黙殺した俺はすぐさま、少年の傍らに立つ二人目のクソガキにポケットから取り出した雷鳴剣を押し当てると、技名を叫びながら魔術を行使した……ッ!


「――【疾風迅雷】ッ!」

「あばばばばばばばばばば」

「わはは……最大出力だぜ……!」

「……ス、スタンガン……だとォ~~~?!」


 小刻みに身体を震わせたクソガキは地面に倒れ伏して、打ち上げられた魚のようにぶるりと跳ねると、その言葉を最後にガクリと意識を失った。


「――さて」

「ヒェッ……」


 俺が残ったもう一人に目を向けると、クソガキは短く悲鳴を漏らしてから、後方にたたらを踏んでズッコケた。追撃としてさらに俺が凄んで近付けば、最終的に失禁をした。

 しかし、だからといって攻撃を躊躇する俺ではなかった。


「あがががががががががが」


 仲間の二人が立て続けに昏倒したのがよほどショックだったのか、はじめに蹴り飛ばしてやったクソガキは、腰砕けになったままガタガタと小さなその身体を断続的に震わせていた。 

 ……まだ雷鳴剣を喰らわせてやったわけじゃないんだけれどなあ。おかしいね。


「あははははははははっ!」


 あんまりにもおかしくて、笑けてきちまう。

 胸のすく思いだ。

 異世界転生して勇者となった俺は、こんなにも強い。


「おいおい、ボーイよ。そんなに震えてどうしたんだよ、ええ、おい? さっきの威勢は、人を舐め腐ったような態度は、どうしたんでちゅかァああああッ!?」


 クソガキに歩み寄って、髪の毛を引っ掴んでやる。

 目の鼻の先まで顔を近付け、怒鳴りつけてやる。


「……うぐっ……えぐっ……」

「泣いてんじゃねえよ、みっともない。……人様を集団でイジメるってのがどういうことか、どれだけ罪深いか、理解してねえから……そんなふうに悲劇の中心みてえな顔でメソメソ泣き喚けるんだよ」

「びえええええええええんっ!」

「――死ね」


 俺は泣きべそをかくクソガキの顔をなぞるようにして雷鳴剣で斬り付けてやる。

 クソガキは物理法則に従って力なく地面を転がった。

 気付けば、少年は今度こそいなくなっていた。ホッと一安心である。


 その刹那、天の声が脳内に響いた。


『モンスターの討伐を確認しました。経験値を獲得しました。レベルアップしました』


 おおっ! それっぽいぜ!

 そんな感想を抱きつつ、気絶した小学生の身体をまさぐりまくる俺。

 すると、再び脳内で声。


『1700Gを獲得しました』

「チッ……しけてやがんなあ。……ま、雑魚モンスター三体だとこんなもんか」


 俺は財布を放り投げながら吐き捨てる。


 ――そのときだった。


「うごぎぎぎぎぎぎぎぎっ!」


 全神経が焼け爛れるような衝撃に襲われる。とても熱い。

 それは、首から全身へと瞬時に駆け抜け、あっという間に俺から身体の自由を剥奪した。

 残る力を振り絞って、背後に感じる気配の正体に迫るため、振り返る。

 しかし、俺の狙いを看破した謎の気配は、頭を足蹴にしてそれを阻止する。

 さらに踏みつけにされ、蹴り飛ばされ、雷撃魔法を浴びせられてしまう。


「まったく、汚らわしい男ね……」


 俺の意識は、芯から侮辱を込めて放たれたのがわかるくらいに冷たい女の声を聞き届けたのを最後に、雷撃とともに、黒に染まる――。

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