VOL.8

 俺が木銃を収めると、菜々子はそのまま身体を床に落とし、暫く立ち上がれなかった。


『菜々子さん!』後ろから陽子が、たまりかねてと言った体で駈け寄り、陽子を抱き起そうとする。


『菜々子、見苦しいですよ』


 母親であり、師匠である早苗の厳しい声が飛んだ。


『はい』


 菜々子は陽子の腕を軽く制して立ち上がり、俺に正対すると、黙って礼をした。


 俺もそれに応える。


『乾さん・・・・有難うございました。手抜きをせずに真っ当に勝負をして頂いて』


 自分の座に帰ると、菜々子はそう言って再び俺に頭を下げた。


『いや・・・・』


 何でもないふりをしたが、冷や汗ものだったんだぜ。


 実際、これまで何度かこうした『用心棒』みたような仕事をしたことは何度かあるが、今日は格別緊張したな。


 更衣室で俺が服を着替えると、外に菜々子と陽子が二人して俺を待っていた。


『有難うございます』


 二人は俺の顔を見ると、深々と頭を下げた。


『礼は一度してくれりゃ十分だ。それよりギャラの方はお忘れなく。ああ、請求書は後で送るからな』


『あの、母がまた居間に来て欲しいと・・・・』


『それには及びません。私の仕事はこれで終わりですから、じゃ、母上に宜しく』


 俺はそれだけ言うと、玄関を降り、家を後にした。


 俺が門の前に立ち止まって後ろを振り返ると、あの二人は相変わらず手と手を握り合って、頭を下げていた。


 それから一週間経ち、五月も半ばを過ぎた。


 俺の銀行口座には幾分多目のギャラが振り込まれていた。


 ええ?


 あの二人がどうなったかって?


 さあな。


 仲良くやってるんじゃないのか?


 いずれにしろ俺には関係のないことだ。


 ただ、最近の彼女の新作を読んだが、前よりも生々しく、かつ生き生きと、同性愛の描写が多くなっていたようだ。


 まあいいや、


 俺は仕事をし、美味い酒を呑めれば、それで言うことなしなんだからな。


                               終わり


*)この物語はフィクションです。

  登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。

 




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愛し彼の女(いとしかのひと) 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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