VOL.7

『いざ!』


 彼女は棒を真っすぐに構え、目を一層吊り上げて俺との間合いを詰めた。


 俺は木銃の先端を彼女の喉元辺りに真っすぐに合わせ、そのままの姿勢で足を開いて立った。


『えいっ!』


 鋭い気合が飛んだ。


 彼女の棒が、俺の脳天をめがけて飛んでくる。


 紙一重の差だ。


 俺はその一撃をかわし、間合いを詰め、体当たりをくらわす。


 彼女は再び体勢を立て直し、今度は棒を横殴りに振ってきた。


 問題はない。


 俺はそのまま背を低くして再びかわし、木銃の台尻で彼女の右頬を軽く打ちながら、足絡みを掛けてあお向けに倒し、倒れたところを台尻の底の部分を、彼女の鼻先でぴたりと止めた。


『そこまで!』


 師範の声が飛ぶ。


 俺はそのまま木銃を脇に構えて後ろに下がる。


 彼女は悔しそうに歯噛みをしていたが、師範の声を聞くと身体を起こして立ちあがり、棒を脇に構えた。


 互いに礼をして別れる。


『次』師範の声に立ち上がったのは、彼女よりもう少し背の低い女性だ。


 得物は木刀だ。


 向こうはそれでも、前の門弟が倒されたのが応えたのだろう。


『お手やわらかに』とはいったものの、声が少しばかり跳ね上がっている。


 明らかに緊張しているのだ。


『はじめ!』

 師範の声がかかった。


・・・・・・・・・


 三分後、俺は片手に木銃を持って、彼女に向って礼をしていた。


 俺の突きが彼女の右肩に当たると、彼女は後ろにのけぞるように倒れた。


 起き上がろうとしたものの、


『それまで』


 師範の声がかかり、そこでしまいだった。


ええ?


(女相手に大人げない。それに銃剣道じゃあ、台尻で打つのは反則だろう)って?


 馬鹿を言うな。


 俺はデューク東郷ほどではないが、銭がかかれば相手が女だろうと子供だろうと容赦はしない。


 それがプロってもんだ。


『もうそこまででいいでしょう・・・・貴方の実力は良く分かりました・・・』


 そう言って師範は隣に控えていた菜々子に、


『菜々子、分かっていますね』と告げた。


 彼女は何も言わずに頷くと、壁に掛けられていた白木の杖(=じょう、六尺棒よりやや短い)を取り、俺の前に進み出た。


 俺は道場の隅に座っていた陽子を見る。


 今まではらはらした眼差しで俺を見ていた彼女の視線は、一気に、鉢巻を締め、稽古着姿も凛々しい菜々子に集中する。


 明らかに恋する乙女の視線だ。


 しゃあねぇなあ。


 俺は心の中で苦笑した。


『お手柔らかに』


 そういって陽子はきちんと礼をする。


 その声には気負ったところはまるでない。

 

 自然体そのものだった。


 俺もやや遅れて頭を下げた。


 木銃を構え、ゆっくりと間合いを詰める。


『とうっ』、


 澄み切った気合が道場の中に響いた。


 俺はややタイミングが遅れた。

 

 彼女の杖が、俺の右の小手を打ちに来た。


 正直、俺の手首に電流が奔る。


 だが、辛うじて踏みとどまり、俺は彼女の右側に回り込んだ。


 木銃の先をまっすぐ彼女の喉元へと突きにかかる。


カツン!


 乾いた音が響き、杖が木銃を払った。


 俺は少し後ろに下がり、再び同じことを繰り返した。


 払う、突く。払う、突く・・・・


 数度同じことが続いたが、俺は完全に彼女を追い詰めていた。


 何度目か、俺が突きにかかり、彼女がそれを払った。


 俺は腰を捻った。


 台尻が菜々子の顔の前、紙一重まで来た時、


『それまで!』


 厳しい声が飛んだ。








 


 

 


 


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