VOL.6
『それは、つまりそちらと勝負をして、勝ったら交際を認める。こういうことですかな?』
俺の言葉に、三人は何も答えなかった。しかしそれが『答え』だったんだろう。
『君、武道は出来るかい?』
俺は隣の陽子を見た。
彼女は何も答えず、黙って首を振った。
『なるほどね・・・・それでこの私に今日、一緒に来るようにおっしゃったんですな?』
『では、道場の方へ・・・・稽古衣はこちらの方でお貸し致します』
『いや、その心配は御無用』
俺は傍らに置いてあった黒いスポーツバッグを叩いて見せた。
『こうみえても男です。女性の稽古衣が身の丈に合うか合わないかくらいは見当がつきますからね』
『乾さん・・・・』
陽子は不安そうな眼差しを俺に送る。
『これも危険手当と言うことで、頼むよ』
俺はそう言って立ち上がり、彼女の肩を軽く叩いた。
俺達は、そのまま屋内にある道場へと移動した。
そこは正に『道場』・・・・即ち時代劇に出てくるそのままであった。
板敷で、凡そ二十畳はあろう。正面には一段高い師範席が設けられ、その奥には、
『鹿島大明神』
『香取大明神』
の神号の掛け軸と神棚があった。
道場の四方の壁には上の方に武者窓、そしてその下には木刀の外、様々の武具が掛けてある。
俺は道場の入り口の手前で一旦立ち止まって礼をした。
(日頃無礼を絵に描いたような生活をしてるお前にしちゃ殊勝だな)だって?
はばかりさま、
最低限の礼儀をこなすのも、探偵としての料金のうちさ。
道場の中には、四人ほどの稽古衣に袴姿の女性がおり、木刀と棒を手に、稽古をしていたが、俺達が入って来ると、ぴたりと稽古を止め、全員壁に沿って正座をした。
暫くすると、師範席の右手側の板戸が開き、稽古衣に袴、そして額に鉢巻を巻いた三人の女性が入ってきた。
先頭にいたのは、当然ながら宗家の早苗、次が菜々子、そして次女の早霧である。
三人はまず正座をすると、神棚に向かって深々と一礼をする。
道場にいた全員(俺と陽子もつられて)が同じように礼をした。
『乾さん・・・・お着替えはまだでしたのね?では更衣室に案内して差し上げて』
早苗刀自が弟子の一人に声をかける。
俺は導かれるままに更衣室に入り、持参の柔道着(剣道着でも良かったんだろうが、俺にはこれが一番しっくりくるからな)を着て、再び道場に戻ってきた。
『道場の定めに従い、まず門弟三名とお立合い下さい。で、どうされます?』
師範の早苗は俺に向かって言った。つまりは武器をどうするか、と言いたいんだろう。
『私は代理でやるんですから・・・・もしどうしても必要だというなら・・・・』俺は道場を見まわした。
すると、何故だかたった一つだけ、木銃(銃剣道で使用する、小銃の格好をした木製の武具、先端にタンポの様な布またはゴムのキャップがついている)が掛かっているのを見つけ、
『これをお借りします』と言った。
こいつはおあつらえむきだ。
自衛隊時代、銃剣道や銃剣格闘は嫌になるほどやらされたからな。
早苗が、四人の弟子の中から一人を選び出した。
カミソリのような目をした、俺よりも少し背が低いくらいの、すらっとした女性である。
向こうは六尺棒だ。
『基本いずれかが参ったというまで。命の保証はしますが、多少の怪我は考慮すること・・・・これでよろしいですわね?』
『結構』
俺は答えた。
『くれぐれも、女性だからと言って手加減は御無用ですわよ』
『当たり前です』
互いに見合って礼をした後、相手の女性は鋭く低い声でそう言ったので、俺は答えた。
『始め!』
師範の、気合の入った声が、道場内に響き渡った。
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