VOL.5

 翌週の月曜日、俺と加賀美陽子は再び岡崎家の大広間に居た。

 

 但し、今度三対二である。


 向こうは菜々子の外、白髪頭・・・・いや失礼、グレイヘアというべきかな・・・・を、きちんと結い上げ、藍色の着物に銀鼠色の帯を締めた60代後半の女性と、この間と同じ着物を着たな菜々子。そして菜々子の隣には彼女より少し背の高い、銀縁の眼鏡をかけた、十代後半と思える女性が座っていた。


菜々子によれば、グレイヘアの女性が彼女の母親で、名を、


『岡崎早苗』、当年67歳。彼女の母親で、この『無双一心流武術』の第18代宗家。

 そして彼女の隣にいるのは、すぐ下の妹で早霧(さぎり)といい、今年19歳だという。


 菜々子によれば、この早霧の外にも二人妹がいるそうだ。


(なるほど、半端じゃないくらいの女系家族だな)


 俺は思った。


『貴女ですのね・・・・加賀美陽子さん・・・・?そしてそちらが探偵の乾宗十郎様』


 背筋をしゃっきり伸ばし、グレイヘアのお母様、つまりは宗家の早苗刀自(未亡人のことをそう呼ぶらしい)が、重々しい口調で言った。


『大方のことは菜々子から伺いました。恵子さん、貴女が菜々子に思いを寄せて下さっていることも分かりました。』


 彼女はそこで言葉を切り、門弟(なんだろう)が、運んできたお茶をゆっくりと啜った。


『私共はそうした感情・・・・つまりは同性愛と申しますか、それについて無理解と言う訳ではございません。ですから、貴女の娘に対する気持ちを頭から否定は致しません。しかしその前に知っておいて頂きたいことがございます』


『何でしょう?』恵子は唾をごくりと飲み、訊ねる。


『「別式女」と言う言葉をご存知?』

 突拍子もない言葉が出たので、菜々子は俺に戸惑ったような視線を向けた。


『別式女(べっしきめ)』というのは、主に江戸時代に存在した武芸に秀でた女性のことである。


 当時は奥、即ち将軍や大名が日々暮らしている御殿には、男子は一人しか入れなかった。


 そこであらゆる武芸に秀でた女性を、身の回りの警護に当たらせた。


 これが『別式女』のことである。


 無双一心流は、その別式女の使った武術の一つで、岡崎家が代々伝えてきた。


 結婚はするが、総じて婿養子のみ、仮に男子が生まれても跡は継げない。


 本当に江戸時代みたいな男性が主流だった時代にそんなことがありえたのかどうか不思議なもんだが、しかしどうやら現実らしい。


『加賀美さん・・・・菜々子は将来私の跡を継いで、当流の宗家にならねばなりません。従ってお話ししたとおり結婚もせねばなりません。例え形式的なものにせよ、そうなったら・・・・後は御理解頂けますわね。それでもよろしければ・・・・』


『はい!』


 恵子はひどくはっきりと頷いた。


『でも、たとえそうしたお付き合いであっても、菜々子は我が岡崎家の娘です。岡崎の家の娘と関りを持つからには、乗り越えて頂かねばならぬ試練がございます。』


『試練?』


 恵子はそれが何だか理解出来なかったようだが、俺には何となく理解が出来た。


 憚りながら、これでも聊か武道の心得のある人間だ。


『立ち合いをしろ、と言うことですかね?』


 俺の言葉に、早苗刀自は頷いた。


 やっぱりな。


 しかし何だか妙に時代劇じみてきたな。




 

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