VOL.3

 彼女は10分ほどバスに乗り、そこで営団地下鉄に乗り換えた。


 列車とバスの中、彼女はいつも物静かに座り、何やら文庫本を頻りに読んでいた。


 陽子の話だと、活発な女性のように言っていたが、こうして眺めていると、そんなそぶりは全く見せない。


 彼女はやがて浅草に着くと、そこでやっと駅を降り、後は徒歩のようだ。


 後姿を見つめながら、


(同性が同性に恋をするってどんな感じなのか)


 そんなどうでもいいことを俺は考えていた。


 彼女は路地の奥にすたすたと入っていった。


 と、そこには、それほど派手ではないが、古く、威厳のある日本家屋があった。


(空襲で丸焼けになった筈なのに、よく生き残っていたな)


 そう思って見ていると、玄関の前を竹箒で掃き清めていた絣の着物に縞の袴をはいた若者、いや、違う。若い女性が、彼女の姿を認めるや、


『お帰りなさい!』と、威儀を正して頭を下げた。


 菜々子は二人に優雅な仕草でそれに答えると、そのまま中へと入ってゆく。


 俺は門の脇を確認すると、そこには、


『無双一心流古武術道場、碧雲館』とあり、上には、

『岡崎』と、筆太の文字で表札が掲げてあった。

 どちらもかなり年季が入っている。


(武道の道場?)


 俺は目を丸くした。


 とりあえず俺はその場を離れ、直ぐ近くにあった蕎麦屋の暖簾をくぐる。


『碧雲館?ああ、あそこの道場ね。随分古いですよ。私の店も50年になるんだが、それより前からあそこにあるんで、ざっと7~80年になるかなぁ?』


 俺が入った蕎麦屋の主は、そういって俺の前にザルを二枚置いた。


 俺が聞き込んだところによると、こんな感じだ。


 あそこの道場は、看板の通り古武道の宗家で、ああして今の場所に道場を構えるより前に、別の場所で教えていた。


 それから考えると、ざっと見てもまだ江戸時代から開いている、由緒のある家柄らしい。


 何でもあの家・・・・つまりは岡崎家は、もう少なくとも五代以上は『女系家族』が続いているという。


 男性は全て婿養子・・・・下世話な表現をとれば、

『子供を産むための種馬』というわけだ。


 武道を受け継ぐのも女性が中心、ということで、今でも弟子は女性しかとらないという。


 岡崎菜々子は、やがてはその家の後を継ぐための後継者と目されているのだ。


 大変な家だな。俺は思ったが、兎に角行ってみるしかない。


 蕎麦を食べ終わった俺は代金を置き、店を出て、再びあの屋敷に向かった。


 門の前には相変わらず、袴姿の若い女性が竹箒で掃除をしていた。


『すみませんが・・・・』俺が彼女に声をかけると、一瞬きっとしたように目を吊り上げたものの、ライセンスとバッジを見せ、来意を告げると、


『失礼致しました。少々お待ちください』そういって頭を下げ、奥へと消えた。


 どこかから、鋭い気合が風に乗って聞こえてきた。


 三分ほど待った後、先ほどの女性が再び現れ、

『どうぞ』

 と、俺を潜り戸から門の中に入れてくれた。


 門を潜ると、飛び石が続いており、綺麗に掃き清められた前庭には形よく刈り込まれた木が植えてある。

 

 打ち水が打たれた飛び石を踏みしめながら玄関にたどり着くと、そこにはきりっとした稽古着と袴をまとった菜々子が板敷の上に正座をして、こっちを見つめていた。


『私が岡崎菜々子ですが、探偵さんが何の御用でしょう?』


 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る