第八話:決起と決意。
私には時間が圧倒的に足りない。
彼女は焦っていた。
あれからちょうど五年程が経ち、魔導書に記載されている魔法もほぼ習得する事ができた。
あまりに高威力の魔法についてはまだ試せていないのだが、その魔法の構成を小さな小さな構成に作り直して実験を繰り返し、大規模破壊魔法も使いこなせる自信を持てた。
そして、それを確信できるほど彼女は魔法の才があり、制御できるだけの知識は既に彼女の中にある。
更に言うならそれを発動させるのに必要な魔力すら、彼女には有り余っていたのだ。
だが、圧倒的に時間が足りない。
結果的に彼女が魔導書に記された五千もの魔法を全て完璧に使いこなすまで、さらに一年を要してしまった。
自由に動けるだけの時間があまりとれなかった事が主な原因だが、やっとだ。やっとここまできた。
最近は彼女も夜だけでなく昼間に少しだけ活動できる事も増えてきた。
いい傾向である。
そんな時だった。タイミング悪く彼女は両親に呼ばれて、仕方なく出ていくと、そこには一人の騎士。
友好国であるディレクシアから親書を持って訪れたらしい。
王は、せっかくの機会だからと彼女を呼んだのだそうだ。
王からしたら自慢の娘を自慢したかったのだろうが、彼女からしたら貴重な時間を費やすほどの事ではなかったし無駄にしか感じられない苦痛の時間であった。
「お噂通りお美しい姫君ですね」
騎士は深く頭を下げそんな世辞を彼女に告げた。
いや、どちらかといえば王に対しての世辞だったのかもしれない。
しかし、そんな事彼女にとって本当にどうでもよかった。
「ありがとうございます。せっかくいらして頂いたのに申し訳ありませんが少し体調がすぐれませんのでこれで下がらせて頂きます」
「そうでしたか。無理をさせてしまい申し訳ありません。わざわざのお目通り感謝の念に堪えません」
彼女は騎士の言葉が終わる前にその場を去った。
無駄な時間を使うのは最小限にしたい。
この一件で、彼女の実験台対象に両親も含まれる事になる。
面倒な事で呼び出されるのはこれっきりにしてほしいという願いからだった。
そして彼女はその足で久しぶりに地下のアルプトラウムへ会いに行く。
『やあ、久しぶりだね。思ったより時間がかかったようだが、無事に全て習得する事ができたようで嬉しいよ。ずっと見ていたよ。よく頑張ったね。……これで先のステップへと進むことができる』
「本当に、長かったわ。貴方に聞きたい事もあったんだけどこの時まで我慢していたのよ」
アルプトラウムは『おや?』と少し不思議そうに、その聞きたい事、を問う。
『大体昔の話は語り尽くしたつもりでいたのだがね?』
「昔の事じゃないわ。あのドラゴンの事よ。私はただの火竜かなにかの類だと思っていたのだけれど……育てば育つほど私の知らない何かになっていく……あれはいったい何?」
『あぁ、その事か。確かに今の時代の人間にとっては伝説上の生き物だからね。分からなくて当然だろう』
彼女はなんとなくだがその正体の見当がついていたのだが、アルプトラウムの言葉を聞いて確信に変わった。
「あれがエンシェントドラゴンなの?」
エンシェントドラゴンというのは、人間が繁栄する以前の時代にこの世界の支配者だったと言われている伝説の古代竜である。
『ふむ。答えはもう見つけていたようだね。さすが、と言うべきか。あれはエンシェントドラゴンの最後の生き残りだね。神々が人間をこの世界のメインにしようと考える以前、あの竜が我が物顔で大空を飛び回っていた訳だ。伝承ではアレについてどう伝わっているのかな?』
「大した情報はないわ。旧時代、人間が栄える前にこの世界を支配していたが何かの理由で滅んだ。くらいかしらね」
『ふむ。実を言うとね、この世界の全てを神が作り上げたという訳ではないんだよ。神も所詮生物だったという訳だね。天敵と言う物が存在したんだ』
天敵、という言葉を聞いて彼女はある程度察した。
「それがエンシェントドラゴンだっていうの?」
『そうだね。あの古代竜は神の間では神殺しと言われていてね。神は十二柱しかいないと言ったが、一番多い時で二十四柱居たし、その眷属や、それぞれが生み出した配下は沢山いたわけだけれど、古代竜は好んでそれらを食べた。眷属も配下も作り出す事は出来るが神その物となるとそうはいかない。もう生き残る為には全面戦争しか無い訳さ。一人また一人と食い殺され、戦いが終結した時には神は十二柱になっていた、というわけだね。ちなみに君はエンジャードラゴンという竜を知っているかい?』
「……聞いた事だけなら」
彼女が知っているのは、何かの書物に書いてあったのを読んだだけであり、古代竜程度の眉唾だと思っていた。
しかし、古代竜が実在したとなると話はまた変わってくる。
『エンジャードラゴンっていうのはね、神がエンシェントドラゴンに畏怖と敬意を表して作り上げた模造品だよ。そして、その模造品を自らの使いとして使役する事で下らない自尊心を満たしていた訳だ』
「人間も神も変わらないじゃない」
『いや、大違いだよ。神は自分の為には動かない。大局を見て必要と感じた事をする。エンシェントドラゴンに畏怖と敬意を表したと言ったね? それは私だよ。私がそんな思いでエンジャードラゴンを作り出した。しかし他の神達は、神々の尊厳を守るために一番いい方法としてそのエンジャードラゴンを使役するという方法を取った訳だね。私は自由に生きる生物として生み出したのに。本当に詰まらない連中だよ』
アルプトラウムは過去の話、とりわけ神々の話になるとやけに饒舌になる。
それだけ思う所があるのだろう。
「じゃあどうしてあの竜の生き残りがいるのかしら? 天敵とまで言うのだから神は完全に滅ぼしそうな物だけれど」
『それも私だよ。卵を一つ隠していたのさ。封印をして他の神に気付かれないようにね』
「なんでそんな事を……?」
『だってその方が面白いだろう? 私はね、無駄な事と面白い事が大好きなんだ。だからこそ人間という生き物が大好きなんだよ』
「そう、だいたい分かったわ。もう一つだけ聞かせて。この世界に今アーティファクトはどのくらい残ってるのかしら?」
『うーん。アーティファクトを所持していた人達は真剣にこの世界について考えていたようでね、ほとんどは壊してしまったようだよ。実に面白い。アーティファクトはとても強固でね、私が全力を出しても壊せないだろうに彼らはアーティファクト同士の相性を組み合わせて破壊する事に成功した。人間というのは面白いね』
彼女はその言葉に肩を落とす。
彼女は出来る限りのアーティファクトを集めようと決めていたので、それが早々に頓挫した事になる。
だがしかし。
彼の言葉には続きがあった。
『勿論残っている物もある。例えば、先ほど話したアーティファクトを壊したアーティファクト。それはどうしようもないからね。それに人間の中にも破壊に賛同しない物も居た。完全に処分するのを惜しいと思った連中がいたんだね。それらは今でも子孫に受け継がれているのではないかな? そして、これは稀だが神々が自分で作っておいて扱いに困った特に強力なアーティファクトについてはここにいる私のように封印されている物もある』
「それはどこにあるの? 場所は?」
『さすがに分かりかねるね。私は世界の全てを知っている訳ではないし、神がアーティファクトを作ったり、遺跡に封印したりしていた頃はただの旅人をしていたからね』
彼女にとってはそれで十分だった。
その情報さえあるのならば、これから探して手に入れればいい。
誰かが所有しているのであれば殺してでも奪い取ればいい。
彼女にはそれだけの覚悟があった。
ここがスタートラインだ。
全てここから始まる。
そうして彼女が新たな一歩を踏み出そうとした矢先、
ガーベラはこの世を去った。
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