第七話:異変。
ローズマリーが孵化してから一年ほど経った頃、ロザリアは異変を感じ始める。
フリッタが外へ出してくれなくなったのだ。
彼が言うには、魔物が今までよりも多くなってきたから危険なので許可する事は出来ない、という内容だった。
ロザリアも彼の言いたい事は分かる。
だから仕方ないと我慢していたのだが……。
段々とフリッタの言動がよく分からない物になってきているように思えた。
日を重ねる事に支離滅裂な事を言うようになって、正直ロザリアは彼の事が怖くなった。
それからしばらくは話しかける事すらやめてしまったのだが、さらにひと月ほど経った頃、ロゼリアに話しかけてきたフリッタは今までのフリッタに戻っていた。
もしかしたら何か病気だったり、疲れがたまりすぎて精神的に参っていただけだったのかもしれない。
ロザリアはそう思う事にした。
しかし、やはり山に行く事は許してもらえなかった。
その代わり、さらにおかしな事が起きる。
フリッタが言った。
「そのドラゴンの事はみんなに説明してあるので城の敷地内なら自由に出歩いても大丈夫ですよ」
そんな事があるだろうか?
ロザリアは疑問でいっぱいだったのだが、試しに一度ローズマリーを連れて城内を散歩してみると、皆が普通に声をかけてくる。
「それが噂のローズマリーちゃんですね?」
「本当に可愛いですね」
「撫でてもいいですか?」
そんな言葉が飛び交う。
ロザリアは正直言ってかなり嬉しかった。
もう隠さなくてもいい。
こそこそしなくても、いつでもどこでも城の敷地内であれば遊ぶ事が出来るのだ。
これで、とうとう姉にも報告する事が出来る。
「お姉さま。隠していてごめんなさい……この子、ドラゴンのローズマリーっていうの。可愛いでしょう?」
「……そうね。とても可愛いわね。でも皆が驚くから城から外には出しちゃダメよ? 特に城下町の方には行ってはいけないわ。 何かあってからじゃ困るから、ね?」
相変わらず今日もお姉さまは優しい。
ロザリアはそんな幸せな気持ちに包まれながら日々を過ごしていた。
本当はその姉が、妹であるロザリアを憎んでいるとも知らずに。
ガーベラは自らの身体の弱さを嘆いていた。
早くいろいろな魔法を習得し、この身体をどうにかする為に日々勉強に励む。
そして、気が付けば国一番の魔法使いになっていた。
しかし、それでも彼女の目的は果たされていない。
不自由ですぐに限界が来てしまう自分の身体、そしてそれとは対になっているかのような妹の健康な身体。
誕生日に妹からプレゼントされた蝶の髪留めですら、妹の手前日々頭につけているものの、彼女にとっては嫌がらせでしかなかった。
自分はいつまでも蛹のまま、蝶のように羽化出来ず、大空を飛び回る事も出来ない。
そんな自分に蝶の髪留めをプレゼントするなんてきっと悪意のある嫌がらせに違いない。
ガーベラの心の内は日に日に汚い憎しみで溢れていった。
本当は分かっているのだ。
ロザリアが彼女を心から愛していると。
自分が愛されている事に気付いていて尚、だからこそ自分との違いに憤りを感じる。
ロザリアはおそらくガーベラよりも魔力を持ち、才能に溢れている。
それなのに興味がないからと魔法を学ぼうとはしない。
それもガーベラには許せなかった。
なんとおめでたい子供なのだ、と。
自分を慕ってくれている相手を心の底から憎む。そんな自分がとても醜くて、惨めで、涙を流す夜も一度や二度ではない。
それをロザリアに知られないようにと努力しているだけ、まだ姉としての自覚が残っていた。
それはロザリアにとって救いだっただろう。
姉の心の内を知ってしまったら幼いロザリアが受ける衝撃は生半可な物ではない。
そうしてガーベラは毎日自分を偽り、誤魔化しながら魔法の習得に勤しむのだ。
ロザリアがローズマリーと過ごすようになって更に一年が経過していた。
魔力さえ供給していればそれでローズマリーはすくすくと育った。
もう体長はロザリアと同じくらいに育ち、羽根を広げればかなりの大きさになる。
きっと飛ぶ気になれば空も飛べるのだろう。
そんなローズマリーを見てニコニコと笑ってくれる父と母に若干の違和感を感じつつも、それだけ自分が愛されているのだという実感が持てた事で彼女は納得してしまった。
そしてローズマリーと一緒の生活が確約されたことで、いつかもっともっと大きくなったら背中に乗せてもらって世界を飛び回ろう。
いつしかロザリアはそんな夢を抱くようになっていた。
さらに数年が経ち、ロザリアも一七歳になる。
誰も彼女を咎める者が居ない環境で自由に育った事により、天真爛漫さに磨きがかかっていた。
「ちょっとフリッタ! まだ外に出ちゃいけないの? わたくしいい加減城の敷地内だけじゃ飽きちゃったわよ! ほら、マリーだってもっと広いところで遊びたいって言ってるじゃない。ねー? マリー♪」
「きゅきゅーい♪」
マリーは外に出たいとは特に思っていなかったが、親であるロザリアに賛同する形で羽根をパタパタさせた。
マリーというのは、自分でつけたローズマリーという名前をなんだか長くて呼びづらいという理由で付けたあだ名のような物である。
「そんな事言ってもダメなもんはダメですよ。ガーベラ様からもきつく注意されてるんですからここから出すわけには行きません!」
「ふーんだ! フリッタのケチ! バカアホマヌケ!!」
「そんなぁ。こっちだって仕方なく……」
「しゃーらっぷ! だまらっしゃい! きっとフリッタはわたくしなんかよりお姉様の言いつけの方が大事なんでしょ!?」
そんな事を言いながらも、ロザリアにとってもガーベラの言う事は絶対だった。
だからフリッタに文句を言う事で、外に出られないストレスを解消しているだけ。
本気で外に出るつもりはなかった。
勿論出れるものなら出たいが、姉を裏切りたくは無いし叱られるのも失望されるのも嫌だったからだ。
姉はあれからさらに体調を崩し、あまり部屋から出てこない。
あらゆる魔法を使いこなすこの国一番の魔法使いでさえ、生まれながらの病弱な体には勝てなかったのだ。
傷は治す事が出来る。
病すら原因を取り除くことができれば治す事が出来る。
それくらいの実力を持った姉であったが、生まれながらに体が弱い。
免疫機能を強化したり、もともとの身体機能を変化させるという事は困難を極めた。
一時期ロザリアも姉の力になりたくて自分が治してあげられたら、と魔法を勉強しようとした事もある。
だが、自分よりも才能のある姉が出来ない事を自分が出来るとは思えず、その願いは諦めてしまった。
いつか姉は自分の力でその逆境を克服してくれる筈だ。
そう信じて。
そして、そう思っている間に
姉はこの世を去った。
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