第六話:神と人間と魔物。
彼女は自室のベッドに転がりながら魔導書を読みふけっていた。
「私はこの魔法を全て習得しなければいけない……」
気が遠くなるようだった。
しかし、やらなければならない。
そうしなければ彼女の目的は達成する事ができないのだ。
魔導書を捲る手を一度止め、あの悪魔との会話を思い出す。
神が滅びた後、アルプトラウムは再び地上に降り、一人の女性と恋に落ちた。
いや、本来は恋に落ちたと言うよりは気まぐれに人間との子孫を作ろうとしただけなのだが、とにかく、その血筋を引いているのがローゼリアの王族、という事らしい。
神が残した大量のアーティファクトは、かなり手に余る物だったのだが、神という管理者が居なくなった事により世界に急激に魔物が増えだした。
その討伐の為に選ばれた人間にアーティファクトを授け、そこからは人間対魔物、という戦争を観察するという神のポジションに居座っていた。
彼は人間が好きだった。
人間の美しさも、醜さも。それらを全て含めて利己的な生き方に憧れた。
だからこそ力を与えたのだが、それが逆効果となって自らを襲う事になる。
アーティファクトを与えた人間たちが、ついに魔物達との闘いに終止符を打つ。
魔物を支配下に置くという方法で。
アルプトラウムもさすがに驚いた。
精神支配系のアーティファクトがあったのか、他の方法を使ったのかは分からないが、魔物達は人間に従順な生き物と化し、沢山のアーティファクト使い達は魔物の軍勢を率いて彼を倒しにやって来た。
その中には、自らの子孫も居た。
神の血がどれほど人間に力を与えるのかをここで思い知る事になったのだが、それでも所詮は人間。
とてつもない魔力を所持していたが個人としては負ける事など無い筈だった。
しかし、ありとあらゆるアーティファクトを駆使して集団で襲い掛かってくる彼らに、いつしかアルプトラウムは称賛の感情が芽生えてしまう。
神が作った兵器を、ここまで使いこなし、人間の身ながら神と互角に戦い続ける。
人間という生き物はやはり面白い。
寿命は短くすぐに死んでしまうからこそ、その一瞬の輝きがとても美しい。
アルプトラウムはそれを見守りたくなった。
しかし、自分が絶対の力の象徴として居続けたのでは人間が自由に発展していく事ができない。
そこで、彼は自分を捨てた。
いつか誰かがここを訪れる日もあるかもしれない。
それまでいつまでも待ち続けよう。
幸い、彼は神の視点でこの世界のどこでも観察する事が可能だった。
ならば、自分が干渉しなくとも見続ける事は可能だ。
観察さえできればそれでいい。
彼は観察だけを目的にする事を条件に人間達と和解した。
地下に設置された遺跡、あれ自体が一種のアーティファクトであり、地下にあの施設が埋まっているのではなく、入り口から中は全て異空間である。
収納型のアーティファクトに近い効果を備えた物を応用しているのだ。
その遺跡の奥にアルプトラウムを封印。
アーティファクトの檻の中へ閉じ込めた。
それがあの球体という訳だ。
彼はあの球体の中から、世界の様子をずっと観察し続けてきた。
特に自分の血筋を引き、この遺跡の管理を担当してきたローゼリア王家にはとても注目していたらしい。
「それで、悪魔さんは私に何をしてくれるの?」
『そうだね。望む事を、というのでどうかな?』
彼女はどの程度望んでいいのか分からなかったが、少なくとも一つだけ確かな事は、力が欲しい。だった。
『物騒な事だ。力に関しては与えてもいい相手かどうかのテストをさせてもらおう。宝物庫の入り口側通路から地面の模様をたどってまっすぐ進み、六歩ほど進んだら左にある小箱を開け中から鍵を取り出し、今度は……』
その後彼女はアルプトラウムの言う通りに鍵を入手して、そのあとも説明された手順で一つの箱を見つける。鍵がついていたので先ほどのカギで開錠すると、中から魔導書が出て来た。
アルプトラウムは言った。
『そこにある魔導書を見つけたら、まずはその中に記載されている魔法を全て習得してもらおうか』
「いくつくらい魔法が記載されてるのかしら?」
『ざっと五千と言ったところかな』
彼女は言葉を失う。
せいぜい数百程度だと思っていたので五千という数字に眩暈がした。
『なに、君がもともと使える魔法もあるだろうし、そうでなくても君程の魔力と素質があれば……五年もあれば習得可能だろう。それに、私の力を利用しようというのであればそれくらいこなしてくれなければね。力を使うにはそれなりの実力が伴わなければいけない。とはいえ、私は君の力になれる日を楽しみにしているよ』
彼女は枕に顔をうずめながらため息を吐いた。
五年は長い。
それに彼女が活動できる時間には限りがあるので必然的にそれくらいかかってしまうだろう。
この不自由な身体が憎い。
あの自由奔放でやりたい放題なあの子が憎い。
しかし、今まで途方に暮れていた彼女にも、アルプトラウムとの出会いで一筋の光が射した。
五年で済めばいい方だと思い直す。
そうだ、焦る事は無い。
目的までの道筋が見えただけでも僥倖なのだ。
まずは何から習得しようか。
出来る限り有用性が高い物から覚えたいものだ。
彼女は魔導書をペラペラとめくり、一つの魔法に注目した。
人の意識に干渉する魔法。
まずはそれにしよう。実験台も必要だ。
それには……そう、あの子が仲良くしている衛兵のフリッタとかいう奴がちょうどいい。
それが成功したら……。
実験したい事はたくさんある。
失敗もあるだろうが、必ず全ての魔法を習得し、使いこなしてみせる。
そこまで決めると、彼女は微笑み、全てを明日以降に託して眠りについた。
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