第四話:神話の時代。


『一つ聞いてもいいかい? 普通人間と言う物はこういう時もっと驚く物ではないのかな?』


 水晶玉のような物から発せられる声は、自分の事を悪魔だと名乗った。


『私の事は、そうだね。アルプトラウムと呼んでくれたまえ』


 悪魔が喋るたびに水晶の中の紫がゆらゆらと揺らめいては渦巻きのように蠢いたり、ゆっくり広がったりしている。


「その悪魔さんはどうしてそんな玉っころの姿をしているのかしら?」


 彼女はまだ楽観はしていなかったが、本当にこれが悪魔だというのであれば自分の望みを叶えるのにはこれ以上ない成果だった。


『ふむ。正確にはね、私は神なのだよ』


「その玉っころの姿をしている説明には全くなっていない上に悪魔と言われるより胡散臭いわ。詐欺師でももう少しうまい事言うわよ」


 彼女は目の前の悪魔、そして神と名乗るアルプトラウムを値踏みするように会話を進めていく。

 知りたい事をどこまで引き出せるか、そしてどれだけ利用できるかを。


『君が聞きたい事があればなんでも聞いてくれたまえ』


「じゃあまず質問。どうして突然の訪問者である私に対してそこまで好意的なのかしら?」


 彼女は違和感を感じていた。

 まるで、ここに誰かがくるのを待っていたような。

 しかし、ここに来るまでには仕掛けがあり、誰でもこれるような場所では無い。

 宝物庫を見つけただけで満足する可能性だってあったはずだ。


『ふむ。それについては簡単だよ。私は暇を持て余している。いつか神の血を引く者がここに現れる事を期待してずっと待っていたのさ。やっと現れた君に目をかけるのは当然だろう?』


 彼女の胸は高鳴り、呼吸が荒くなる。

 今この悪魔は何と言った?

 神の血を引く者。

 そういった筈だ。


『そうだとも』


 アルプトラウムは容易く彼女の心を読んだ。

 悪魔だと名乗る彼にはそれくらい簡単な事なのかもしれないが、彼女にとっては動揺してしまう事実だった。


『安心してくれたまえ。君が私の事を利用しようとしていても構わない。何を考えていようと、何をしようとしていてもね。私は止めないし力を貸すだろう』


「……どうして? どうしてそこまで……?」


 アルプトラウムは『ふふふっ』と優しい声で笑い、『君が私の子孫だからさ』と衝撃の事実を告げる。


 目の前の謎の球体が自分の祖先である事もそうだが、先ほどは神の血を引く者と言っていた筈なのに、自らを悪魔と呼んだアルプトラウムの子孫とはどういう事なのだ。


 彼女は自分がどういう存在なのかが曖昧になり、とてつもない不安感に苛まれた。


『不安に感じる事は無い。ただ単に私が、神で、悪魔だというだけの事だよ』


「それを信じろと……? 詳しく聞かせてくれるかしら?」


 アルプトラウムは、『勿論構わないとも』と言って笑う。


 そして彼は大古の昔の出来事を語り始める。

 恐らくこの世界の誰も知らないような、どこにも記されていないような歴史を。


『私はね、以前は本当に神だったんだよ。君らが言う所の神というのはほんの十二柱しか居なくてね。私はその一柱だったという訳だ』


 その神の中でも特に変わり者だった彼は、神が嫌いだった。

 予定調和の中に生きていて、必要な事しかしない。余計な事は何もしないし考えない。

 そういうつまらない連中の中で生きるのが本当に苦痛だったのだ。


 そして、やがて彼は神界を抜け出し人間界を放浪し始める。


 その頃の人間界はまだ争いが多く、今のように平和な国などどこにも無いような時代だった。


 そんな世界で、時にある国に力を貸し、時にある国を滅ぼし、そんな自由気ままな生き方をしていたら他の神達の怒りに触れた。


 そして神達はアルプトラウム……当時は違う名前だったそうだが、彼を悪魔と蔑み、討伐しようとしてきた。


 神はわざわざその為だけの先兵を創造し、各地でアルプトラウムを襲う。

 だが、彼も神の端くれであり、尚且つ戦闘力に関しては神界随一である。


 そして、神の使いを殺し続ける事二百年。

 ついに痺れを切らした神々はアルプトラウムを亡ぼすための兵器を作り出した。


 それをアーティファクトという。


 アーティファクトには様々な物があり、時には直接的な破壊、そして時には人間の意識を操りアルプトラウムにぶつけてきた。


 彼は人間という生き物が大好きだったのでさすがに、人間を殺さねばならない状況には辟易していた。


 そこで、旧態依然とした神々を亡ぼす決意をし、こっそりと新界へと戻り、つまらない日々を過ごしている神々を皆殺しにした。


 戦い専門で無い神は容易く殺す事が出来たし、戦う事の出来る連中も彼にとっては平和ボケした老害でしかなかった。


 アーティファクトは脅威ではあったが、使わせなければなんの問題も無く、逆に奪って彼が自らの力に変えた。


 どちらかと言うとアーティファクトは神が使うべき物ではなく、神に作られし兵の為の道具だったようだが、あまりに強力だったために世が乱れるのを恐れて出し惜しみしていたようだった。


 結局のところ神は自分達がアルプトラウムから直接命を狙われるとは思っておらず、どれだけ危険な状況なのかも満足に理解できない程に平和ボケしていたのだ。


 そうして彼が神界に戻ってから実に三日で神は滅ぶ事になる。


「……なんだか物凄い話をさらっと聞いてしまったけれど……。それが事実ならばなぜ貴方はこんな所で玉っころをしているのかしら?」


『やれやれせっかちなお姫様だね。これからそれを説明してあげるさ』

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