第三話:ロザリアと卵。


 ロザリアが卵を自室にもって帰って早十日。

 あれから何の反応も無い。


「何がいけないのかしら~」


 彼女は焦っていた。

 やっぱり遺跡の中にあった卵なんて中身は死んでしまっているのだろうか、と。


「お姉さまには卵の事は言ってないしなぁ」


 ロザリアは初めて遺跡を見つけたあの日、自室に卵を置いてから姉に地下の事を話した。


 優しい姉はきっと喜んで話を聞いてくれると思っていた。


 だが、実際はロザリアを叱ったのだ。


 マナーのお勉強をサボった事にではなく、危ない事をしてきたという事に対してだった。


 それを彼女は愛情だと感じる事ができたので、姉の事は変わらず大好きだったが、遺跡に入ったという話をしただけであれだけ叱られたのだから、卵を持ち帰ったなんて話をしてしまったら捨てろと言われるに違いない。


 その恐怖から、卵の事は言えずに居たのだ。


「いい、ロザリア。その遺跡には絶対に近付かない事。危ない事はしないでちょうだい。その遺跡の事は二人だけの秘密にしましょう? 約束出来るわよね?」


 姉のガーベラがなぜ秘密にしようと言ったのかロザリアは疑問だったのだが、それを聞いてみたら納得の答えだったので、


「わかりました。二人だけの秘密にします。もう私も近寄りませんわ」


 と、姉に対しては物分かりのいい妹を演じた。


 するとガーベラは、以前誕生日にロザリアがプレゼントした蝶の形をした髪留めを撫でながらにっこりと笑う。


 大好きな姉にこれ以上心配をかけたくなかった。

 ただでさえ体が弱い姉に心配をかけて体に障ったら困る。


「私でもこれだけ心配するのだからお父様やお母様に知られたら部屋に軟禁されるわよ?」


 これがガーベラからの答えだった。

 さすがにこれには納得せざるを得ない。


 部屋に閉じ込められるのは、活発なロザリアには到底我慢できない。

 彼女にとってはそんな事になるくらいなら秘密を抱えたほうがマシだった。


 それに、姉がそんなに自分の事を考えてくれているのだというのが分かってとても嬉しかった。

 だから、出来る限り姉の言う事には従いたい。

 心配をかけないであげたい。

 そう思ったのだ。故に、卵の事は言い出せないでいた。


 いつもはお勉強の時間は専門の教師が自室にやって来るスタイルだったのだが、卵を見つけられては困るので別室でする事にして、出来る限り真面目に勉強をした。

 部屋に誰かが入ってくるような事が無いように、いい子にしていなければ。


 ロザリアの努力も虚しく卵は全く孵る様子がない。


 さすがにもうダメかと思い、彼女は最後の手段を使う事にした。

 魔法を使うのである。


 空間の温度を温めて卵を保温しようという作戦なのだが、本来局所的に温度を一定に保つというのは調整が難しい。


 しかし魔法にあまり興味が無いロザリアにはそれが出来た。

 何故なら、彼女は自分の生活にとって有意義そうな魔法に関してはちゃんと習得しているからだ。


 寒い季節に温かく寝る為に自室を温める目的で保温魔法を。

 後は冷たい水をぬるま湯に変える魔法。

 高い所から飛び降りても衝撃を拡散して怪我をしないようにする魔法。


 そんな物ばかりを習得している。


 逆に言うならば、自分に必要だとロザリアが認識すればすぐに習得してしまうという事であり、類まれなる魔力と、魔法使いの素質を兼ね備えていた。


 彼女の姉であるガーベラはそれを見抜いていて、ロザリアに何度となく魔法使いの道を歩むべきだと諭しているのだが、それが上手くいった事は無い。


 どちらかというと体を使った遊びや、走り回ったりする方が好きなのだ。


 この争いも無い国では無用だが、例えば戦いになるなら攻撃魔法よりも剣を振り回して戦いたい。


 そんな男勝りでせっかちで、だけども底抜けに明るくて誰からも愛されている少女がロザリアという人物なのだ。


 ロザリアはまず卵をベッドの上に乗せ、周囲の温度をお風呂のお湯くらいの温度まで温めた。


 すると、ぴかっぴかっと卵が点滅を始める。


 やっぱり温度が原因だったのね! ついに解決する方法を見つけた!


 ロザリアは喜び、ある程度温度が一定になるよう細やかな調整をしながら卵を見つめる。


 石のような表面がボロボロと崩れ落ち、点滅が早くなる。


 ひとしきりベッド周辺を温めたので、ロザリアは一度それ以上温めるのを中断。


 するとどうだろう。

 卵の点滅が止まってしまう。

 温度は変わらないのに、だ。


「あっれー? せっかくいい感じだったのになぁ……」


 彼女はそう言いながら再び手をあてがう。

 そして、まだベッド周りは温かいので今のうちに違う事を試すつもりだ。


「うーん。もしかしたら……」


 ロザリアが掌に魔力を集中して卵を触ると、今度は凄い勢いで点滅が始まった。


 そして、彼女は気付いた。


「もしかしてこの子のご飯って魔力なの!?」


 使った魔法に反応して光ったのではなく、ただ魔法が使われたからその魔力に反応したのだ。


 そうと分かれば話が早い。

 彼女は出来る限りの魔力を掌に集め、卵を掴む。


 ピイイィィィィン


 そんな高音が響いたかと思うと、灰色の外装が剥がれ落ち、中からカラフルな卵が現れる。

 白地にエメラルドグリーンとピンクのまだら模様。



 そして……彼女はその卵に耳を当てた。


 どくん、どくん。と何かが動く音がする。


「すごいすごいすごい! 私が、大昔の遺跡から見つけてきた卵……何が生まれるんだろう♪」


 卵から孵る存在は、ロザリアにとってとても重要な存在になるのだが、それはまだ少し先の話。

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