水のない、枯れたばかりの池

『神は死んでも滅びない』


 光龍様を復活させる。そんな言葉を聞いてしまえば、飛び起きずに入られない。それが、元恩人の声だったら尚更だ。


「ごめんなさい。おあがりいただきました……。」


 優姫は元恩人の横で、そう言って手を合わせる。Dさんは、どこまでも笑顔で俺に接してくれる。まさか俺に気があるわけではあるまい。少なくとも俺にはそんな趣味はない。とすれば、Dさんのお目当は優姫ってことかな。並んだ様子は似合いのカップルに見えなくもない。ひと回り以上見た目年齢が離れているけど、気にならないくらいに。業界人には、そういう人が多いようなのを聞いたことがあるし。けど、光龍様の名を出すからには、いくら元恩人とはいえ中途半端な話題では済ます気はない。


「光龍様のお名前は、優姫から?」

「んーん。君は相変わらず勘違いしているようだね」


 俺が誰にも会いたくなかった理由がはっきりと分かった。俺は、本当のことを聞きたくなかったんだ。Dさんの言う通り、俺は勘違いをしている。今の俺が1番聞きたくない言葉だ。けど、だからと言って気安く光龍様のお名前を出されても困る。そんなのは認めたくはない。それも、復活させるだなんて言い出すのだから。俺は大きく機嫌を損ねた。だから、しばらくは沈黙が続いた。それはまるで、神様がお通りになられる瞬間のようだった。その沈黙を破ったのは優姫だった。優姫特有の、演技だか何だか分からない言い方で。


「Dさんは、明神さんの1000万円宮司さんの、息子さんなのです!」


 優姫は明るい。まるで、何かの解決の糸口を見つけたかのように。それにしても、世間は狭い。ここ数日で俺に影響を与えた人物を2人挙げるとすれば、1000万円宮司さんとDさんだろう。その2人が、まさかの親子とは、驚きだ。同じ親子でも、俺と俺の親父とでは雲泥の差。できることなら、こういう家庭の子に生まれたかったものだ。けど、それでは、光龍様とはご縁がなかったのだろうけど。他人として関わってくれる、良き親子とのご縁。今のこの形が、ベストなのかもしれない。そしてこのご縁は、光龍様が遺してくださったものだとしたら、大切にしなければならない。


「……。そうだったんですか。嘘をついてごめんなさい」

「っははははは。いいえ、どういたしまして!」


 解決の糸口はある。優姫やDさんの笑顔を見ていてそう思った。今まで自分を偽り、逃げまわっていたことを、俺は心から悔いた。けど、俺にはまだ時間がある。できることがきっとある。だったら、前へ進もう。少なくとも、今のままよりは余程良い。急に肩の力が抜けた。部屋を出て、家を出て、光龍様のいない神殿に一礼して横切り、神楽殿を横切り、優姫とDさんと一緒に辿り着いたのは、水のない枯れたばかりの池の前だった。







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