ビーチフラッグ選手権後のはなし

『準優勝の盾』


『ビーチフラッグ選手権』を終えて、『はねっこ』達の活動が世界中のお茶の間にいる人達にどう映ったのかということを考え出すと、俺は眠るのを忘れてしまう。当初の目的であったAチームに、順位の上で勝ったということだけでは納得のいかないものが俺の中にあるからだ。結局は1度も闘っていないんだから。


「問題だった国内の需要喚起について言えば、成功です」


 奈江はとても優秀で、コンピューターを駆使して現状の分析と課題の抽出、今後の方針を実に的確に示してくれる。俺にとっては優秀過ぎるビジネスパートナーだと言わざるを得ない。もっともそれは、他の『はねっこ』メンバーについても同じことだろう。失敗の原因は、全て俺にあるって思うと、本当はお茶の間にどう映ったかということさえも忘れている自分に気付く。


「失敗は、海外展開です。彼等が望むのは完全無欠のスーパーヒロインですから」


 奈江のいう完全無欠のスーパーヒロインというのは、選手権覇者となった『まねっこ』のみんなのことを指す。結成後、経ったの数日で成し遂げた快挙は、素直に称賛するべきなのかもしれない。けど、それが俺にはできない。『まねっこ』は確かに素晴らしかった。けど『はねっこ』のみんなが劣っていたのではない。全て、俺の責任で、負けたに過ぎない。眠れない日を永遠に過ごせたのならば、どんなに潔いことだろう。眠れないなどと言っておきながら、結局のところはほどほどのところで眠りについてしまうのだから。報われないのは『はねっこ』のみんなだ。


「今後は国内の需要に対する供給力を強め、海外展開については現状を維持します」


 それでも充分に、俺達に代わって世界に進出した『まねっこ』と、アイドルとして戦い得る。それが奈江と奈江の開発したAIが出した結論ならば、それに従うことが収益を上げるのに最も効率的な手段ということになる。利益を上げていれば、光龍大社の存続はなる。充分な成果ということになる。この分析および対策は、アイドルというマーケットは日本独特のものだということを実に如実に示してくれる。そして、そんな日本で『はねっこ』が受け入れられる最大の理由は、『はねっこ』が未熟であると多くの日本人が思ってしまったからなんだ。未熟なのは俺だけだというのに。


(そんなに思い詰めるものではないのじゃ)


 金切声の空耳というのは珍しい現象かもしれない。空耳は普通、もっと暖かいか、絶望的に冷たい。だから、それが嫌だということは全くない。むしろ光龍様の声が聴こえるようなだけでも嬉しいことだし、それには満足している。俺の中で光龍様がいき続けている証拠なのだから。社務所の地下室に飾られた『準優勝の盾』が、世界中から罵倒され、日本中から憐れまれるためのチケットだとすれば、そんなものは俺には要らない。俺が欲しいもの、いや、『はねっこ』達に相応しいものは、日本を含めた世界中からの称賛であり、憧れであり、畏敬の念である。いや、正確に言えば、『はねっこ』そのものが、俺にとって必要なものではない。俺はただ、光龍様に生き返って欲しいだけなんだから。あの日、『ビーチフラッグ選手権』をキャンセルしてでも、光龍様をお助けするという選択を俺がしてさえいれば、こんなに苦しい思いはしなかったんだろう。

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