選手権初日

『いざ、選手権会場へ!』


 お台場に集合が朝の8時。7時にはロケバスが光龍大社に迎えに来てくれる。それまでに日供祭を済ませることに。


「みんな、選手権ルールにはもう目を通してくれた?」

「え? 旗取れば良いんでしょう?」

「まりえ、それは違うわ。しっかり読んでおかないと痛い目をみるわよ」

「えっ、そうなの? 優姫?」

「……。一緒に読みましょうか……。」


 文書だけでまりえに物事を伝達するのは無理があるのかもしれない。そんなところを優姫がフォローしてくれて助かるよ。けど、この選手権、観ている側には面白い演出かもしれないけど、出場者にとってはきついのかもしれない。俺も、もう1度良く読んで、ルールをしっかり把握しておこう。


 ◻︎◾︎◻︎ビーチフラッグ選手権のルール◻︎◾︎◻︎


 ① チーム対抗のトーナメント形式 各チームは代表6名を選出

 ② 初日は予選A・予選Bの2試合 最終日は本戦・3位決定 合計4試合

 ③ 各試合はブロックA・ブロックB・敗者復活・決勝A・決勝B・ファイナル 最大合計6戦

 ④ ブロックA・Bで旗1・2獲得者は決勝Aに進出、旗3から5獲得者は敗者復活に進出

 ⑤ 敗者復活で旗1・2獲得者は決勝Aに進出

 ⑥ 決勝Aで旗1・2・3・4獲得者は決勝Bに進出

 ⑦ 決勝Bで旗1・2獲得者はファイナルに進出

 ⑧ ファイナルで旗1獲得者をその試合の優勝者とすると

 ⑨ 優勝者の所属するチームが勝ち抜けとする

 ⑩ 本戦の優勝者が所属するチームを選手権覇者とする

 各戦とも旗を手にしたものは、『司令』をクリアすることで獲得者として認められる

 また、チーム対抗のため、決勝A・B・ファイナル進出者が全員同一チーム所属者のみになった場合はそのチームを勝ち抜けとする。その場合、ステージでの曲披露を認める。


「『司令』だなんて、困ってしまいますわ……。」

「ゲームを盛り上げるための演出!」

「しいかの言う通り! まっ、こういうのはTVには付き物なのよ」

「なんだか楽しそうで、わくわくしますね!」

「わたくしは、嫌な予感がしますわ……。」

「旗を取れなきゃ次はないんだね!」

「まりえ、本当に読んだの……。」


『司令』をクリアしないと旗を獲得したことにならないこと。アイリスが指摘するように、この選手権の最大のポイントはここにある。もしかすると辞退者が出るような内容なのかもしれない。例えどんな『司令』であっても、クリアしてもらわないと……。だって、今回の選手権は、『はねっこ』にとっては売られた喧嘩。絶対に勝たないと! 少なくともAチームには。そうすると、メンバーの選考は慎重に行わないとな。ルールの理解度は心許ないけど、CMに出演させたまりえを外す訳にはいかない。『司令』に対して神経質なアイリスを一旦外して、もう1人は……。うん、こうしよう。




『施設がヤバイ! 俺の責任は重大だ!』


『ビーチフラッグ選手権のルール』を熟読した俺は、勝負の行方は『司令』が左右すると予想。出場メンバーについて、あれこれ考えているうちに、30分程度のバスの旅を終え、辿り着いたお台場。選手権会場の周辺には、色々な遊具施設が特設されている。『まるばつゲームの飛び込むやつ』とか、『バンジージャンプ』とか、『ウォータースライダー』とか、『バナナボート』とか、『習字道具』とか。他にもたくさんあるなぁ!


「『ウォータースライダー』だ。アイリスやろうよ!」

「まりえ、いい加減にして。遊びではないんですから。優姫からも言ってよ!」

「そ、そそ、そうよ、まりえ。アアア、アイリスの、い、言う通りよ」

「ふんっ、あんなの子供騙しよ。でもみんな、少しは怖がったフリも必要よ!」


 さすがにあおいは業界慣れしてるよな。優姫はかなり心配。急に緊張しはじめた。もしかしたら、高所恐怖症? だとしたら、このゲームは外した方が良いのかもしれない。メンバー決定まではもう少し時間があるから、よく考えよう!


 俺達は、TV局が用意してくれた楽屋に入った。色とりどりの水着が用意されている。みんなそれぞれに水着を手に取り、今日の衣装を選んでいる。アイリス用の水着は極端に少ないけど仕方がないよな。けど、これだけの水着を用意するなんて、さすがだな。


「ルールを1番分かってるのは、まりえかもしれないわ」

「え?」


 どういうこと? それまで一言も喋っていないまないが、わざわざ俺のところに来て言ったのが、ルールを1番分かっているのはまりえだって? 俺は、急に不安になる。まないが言おうとしていることは、何なのだろうか。気になって仕方がない。聞いてみようと思ったけど、辞めた方が良さそうだ。まないがああやって腕を組んでいるときの答えはいつも決まってる。自分で考えろって。楽屋には俺達しかいないから、あおいが被害を受けるのも目に見えている。ここはおとなしく自分だけで考えよう。




『全ては勝利のために!』


 迷った挙句、俺はアイリスと優姫を外すことにした。断腸の思いだったけど、全ては勝利のため。仕方がない。その代わりに2人にはアイキャッチのファッションショーに出演してもらうことにした。まないが言おうとしていることは分からなかったけど、こうなったら直感を信じるしかない。最初に思った通り、『司令』が勝負の行方を左右する場面は必ず訪れると踏んだんだ。そのとき、この2人では心許ないから。


 予選Aは、 Aチーム対Dチーム。規模があまりにも違うこチームの対戦となった。ということは、俺達の相手は自動的にBチームということか。選手権が行われるレーンの正面にひな壇が組まれていて、アイドルは自由に座って観戦できるみたい。中央はAチームが陣取っていて、向かって左側にBチーム、右側にCとDチームがそれぞれの拠点にする。自由とは言っても、ある程度は分けた方が応援風景として撮影しやすいんだろうな。ここから先の画面に映るところは俺にははいれない。あとは、みんなを信じるしかない。頑張れ! 『はねっこ』


 予選Aが行われる間に、アイキャッチの撮影をすることになっていたんだ。アイドルだけでなく、マネージャーも立ち会うように言われたんで、俺が行くことになった。ひな壇の裏には化粧室とか色々あってアイドルでなくても関係者なら立ち入りができるけど、女性専用のスペースの方が多いので、そこは全て奈江に任せることにした。


「マスター、頼みましたよ。国内のファンを獲得する大きなチャンスですから」

「奈江、任せてちょうだい! 私達が頑張るから」

「優姫の言う通りですわ」

「そうだね。奈江も大変だと思うけど、頑張ってね」

「了解しました!」


 奈江が言う通り、今日は大きなチャンスなんだ。『はねっこ』のファンクラブの会員数はうなぎ登り。その数は橋系をも上回っている。けど、決定的な弱点がある。それは、国内にはほとんどファンがいないこと。マニアックなアイドルファンの間では話題にしてもらっているけど、まだまだ限定的。一般の日本人はほとんど『はねっこ』のことを知らない。そんな人達に『はねっこ』の魅力を伝えるのに、これほどのチャンスはそうそうないんだから。




『ウォータースライダーの使い方』


 国内の一般の人に『はねっこ』を知ってもらうのに、今日は大きなチャンスとなる。ひな壇のバックヤードでの業務は奈江に一任して、俺は、優姫とアイリスを伴って、集合場所へと向かう。


「それではご案内しますね」


 派手なアロハシャツを着た人が前説役。夏のビーチに遊びに来たおじさんと何ら変わらないけど、説明は割ときっちりしている。服装は、気分を盛り上げるためにあえて着ているのかもしれない。


「まずこちらです。上から滑ってきます。カメラはここなので歩いてきてください」


 あれ? これって、『ウォータースライダー』だよな。この『ウォータースライダー』って、アイキャッチ用だったんだ。だとしたら俺、大きな勘違いをしていたことになるぞ! 高所恐怖症の優姫をこんなところに連れてきてしまった。これは完全に俺の選択ミスだ! どうしよう。 俺は恐る恐る、優姫の顔を除いた。




『笑顔のDさん』


 アイキャッチ撮影の前説。俺達は『ウォータースライダー』の下のプールに案内された。俺の選択ミスで、高所恐怖症の優姫をここに連れてきてしまった。俺は優姫にどんな声をかければ良いんだろう。考えながらその顔色を伺うと、案の定涙目だった。どうしよう。メンバー交代をお願いした方が良いんだろうか……。結局は、優姫に言葉をかけることも、メンバー交代を打診することもできないまま、前説は続いた。


「上には後で行ってもらいます。」


 前説をしてくれたのは、丁寧な説明で評判のディレクターさん。このディレクターさんは、Aチームの関係者の方と親しげで、Dさんと呼ばれていた。


「絶対に安全ですから、ご安心ください」


 Dさんは、終始笑顔で朗らかに説明していた。丁寧に言い、言い終わると必ずこちらを見てくれた。アイリスはそれに乗せられてか、リラックスしているみたい。問題は優姫なんだけど、その表情はまだ掴めない。


「スタッフが試してみます。おーい!」


 Dさんはがにいるスタッフに大声で合図を送ると、誰かが滑り台の上に座った。


「ここで、『ビーチフラッグ選手権』と言ってください。」


 さらに続けた。


「カメラの位置は、後で上に行って説明します」


 ようやくここで、優姫の表情を覗き込む。予想通り不安そう。上にいたスタッフが滑り始める。


「滑ります」


 スタッフは徐々に加速してかなりの速度に達する。Dさんの丁寧な段取り説明は続く。


「ここは慌てなくって良いです。落ち着いて、水着をチェックしてください」


 プールに達したスタッフは、まるでDさんの操り人形のように、その説明に忠実に動く。もちろんたとえであって、本当に操られていた訳ではない。1つ1つの動作が単純なだけだ。


「ここのハンディまで、ゆっくり歩いてくださいね」


 Dさんはそう言いながらパチパチと拍手をする。それに合わせるようにAチームやBチームの関係者さんやアイドルさんも拍手をおくる。恐らくは、滑ってきたスタッフへの拍手だと思う。俺は見様見真似で拍手をする。手を叩くと不思議と高揚感を覚えた。単純に楽しい気持ちだ。アイリスが拍手している音を聞き取ることはできた。けど優姫の拍手の音は聞こえなかった。手を叩いていないか、もしくは相当弱々しい拍手だったかは分からない。どちらにしても、いつもの元気の良さは全く感じない。本当に心配だ。プール下での説明はもう少しだけ続き、もし水着が外れた場合の対処としてスタッフがタオルを投げ入れること、その際は数秒間を総合司会のお笑いタレントが繋ぐということを説明してくれた。




『滑る順番を決めることになった』


 Dさんの説明は終始丁寧かつ朗らかなものだった。スタッフへの握手のときに優姫の元気がなかったのは気になる。それでもまだ説明は続く。


「ここから2手に分かれます。その前に順番を決めます」


 先に順番を決めるのは、練習に滑った後、髪を乾かすためなんだって。プールに達してからずぶ濡れなのは良いけど、上にいるときは髪の毛が風に流されるくらいサラサラの方が良いだろうってことみたい。だから分ける。前半に滑る人は先に上へ行き説明を聞いた上で練習してから、ファッション紹介の説明を聞く。後半の人はファッション紹介の後で順次説明と練習。


「それでは、1番最初に滑りたい方は挙手願います!」

「はい!」

「はい」

「はい」

「はぁーい」


 4人のアイドルが自ら手を挙げた。こういうところはガチなんだと思う。いかにも滑りたそうにしていたAチームのアイドルさんが手を挙げなかったのをDさんにいじられていた。そのアイドルさんは、自分のチームの応援をしたいから、後半の最初の方が希望だと堂々と言っていた。自分の考えをしっかり示せるだなんて、すごいな。こういう経験値が、今の『はねっこ』には足りないのかもしれない。けど、アイリスも優姫も手を挙げた。アイリスは兎に角、優姫が手を挙げたのは意外だった。そう思ったのは、俺だけではなくDさんもだったと思う。Dさんは、何度も優姫を見ていた。




『優姫の本心』


 アイキャッチの『ウォータースライダー』のトップバッターに志願したアイリスと優姫。優姫が志願したのは意外だったけど、優姫が1番、アイリスが2番に無事選ばれた。2人とも積極的で、良いことだと思う。けど心配。アイリスは兎に角、優姫は本当に大丈夫だろうか。俺は移動中に2人に話しかけて、様子を確かめることにした。もし緊張しているなら、少しでもほぐしてあげたい。


「優姫、大丈夫?」

「何がですか?」

「『ウォータースライダー』なんか滑れるの?」

「はい、大丈夫ですよ。」

「けど、最初に施設を見たときはビビってたし、さっきもすごく緊張してたから」

「さっきの説明のとき、カメラ回ってましたよねー!」

「そっ、そうだったかなぁ?」

「ご冗談を! 私、カメラの前では、あ・え・て・怯えてたんです」

「じゃあ、優姫は高所恐怖症じゃないの?」

「はい、全然平気です!」

「じゃあ、今までのは演技だったの?」

「その方が、盛り上がるかと思いまして!」

「それで手を挙げたの?」

「えぇ。きっとアイリスも手を挙げると思ったもので」


 信じられない! アンビリーバボーだよ。俺、すごく心配してたのに。拍子抜けだよ。全部俺の勘違いだったみたい。それに、カメラ? 全く気付かなかった。俺って観察力全くないみたい。しょぼーん。けど、問題ないならそれが1番だ! 次はアイリス。少し離れているけど、俺は少しずつ近づいていって、話しかけた。


「アイリス! 手を挙げるなんて、積極的で偉いね!」

「あっ、マスター。ありがとうございます。優姫が心配だったもので……。」

「それで手を挙げたの」

「はい。Cチームから挙手するものがいないとマズイと思ったもので!」

「けど、優姫なら全く問題ないよ!」

「そうなんですか? 信じられません!」

「カメラ回ってたんだろ。だから演技してたんだってさ」

「……。優姫がそう言ってたんなら、大丈夫そうですね!」


 それにしても迫真の演技だったなぁ。アイリスも全く気付かなかったみたい。けど、アイリスも優姫を見て心配していたんだな。それで手を挙げたんだ。2人とも相手のことを思い、『はねっこ』全体のことを思い行動しているんだ。チームワークっていう美しい言葉が2人にはぴったりだよ! アイリスはスススススーッと優姫に近づいていった。2人で談笑しているのを俺は邪魔しないでおこう。そう思っていると、俺に話しかけてくる人がいた。Dさんだ。あの笑顔は健在。良い人そう!


「あー、君がCチームの関係者の鱒くんだっけ? 俺はDさんで良いよ、よろしく」

「はい。よっ、よろしくお願いします!」

「随分と緊張しているな。大丈夫かい?」

「はい。だっ、大丈夫で、ございます」


 俺、すごく緊張した。俺からすればDさんはすごくできる男って感じだったから。そんなDさんと、優姫とアイリスについてはなしたんだ。特に優姫のことは心配してるみたい。あの演技力じゃ、みんな騙されるよね。


「優姫ちゃんとアイリスちゃんだけど……。」

「えっ、2人が何か?」

「いやいや、ちょっと気になってね」

「心配いりませんよ! 優姫は、カメラが回ってるから演じてただけなんですから!」

「カメラ? あっははは! 君、緊張してるみたいね」

「はいっ。多分俺が1番緊張してます!」

「本当はね、状況によって最初の2人の順番を変えさせてもらうって言いにきたんだけど」


 さっき、Dさんはかなり優姫を見ていたしな。そんなときは必ずあの笑顔。俺、Dさんのファンになっちゃいそう。それは良いとして、ここでの俺の仕事は1つ。Dさんの不安な気持ちを取り除いてあげることだ!


「その必要はございませんよ。2人とも、大丈夫ですから」

「そうかい。『はねっこ』、面白いね!」

「あっ、ありがとうございます!」

「あとで2人とも話させてもらうよ」

「どうぞ、ご自由に!」

「ははは、1番面白いのは、Pだな!」

「あはは、あはは、あははははっ」


 Pって、つまり俺のこと! 面白いって。俺も、『はねっこ』も。なんだかすごく嬉しかった。そうこうしているうちに、『ウォータースライダー』の上についた。色々説明があって、練習して。いよいよ本番を迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る