急速にアイドルとしての体裁が整っていくはなし
『忙しくなったんだ』
明神さんでの対バンライブの大成功は、『はねっこ』を短時間に成長させたんだ。そうすると当然、いくつもの不都合が生じるものなんだけど、それら一括して解決する方法を、まことが思いついてくれたんだ。
不都合その1、疲れる。仕事が増えたらそうなるよね。汗だくになるんだから。まない以外は。だから、『はねっこ』達には癒しが必要だった。
不都合その2、規律を維持する。疲れるに関連するけど、疲れているとアイリスは脱いだブラジャーを洗うところに出さないんだ。何とかしないと!
不都合その3、男女比1対17。仕事が増えてなくても不都合なんだけどね。俺だってなるべくみんなを平等に扱いたいから、上手い方法を探していたんだ。
この3つの不都合を一括して解決する方法、俺が毎朝の日供祭のあとで、みんなの前でまないに抱きつく。こうすると光るだろ、俺。それを浴びたみんなは等しく、気持ちイイー! ってなり癒される。まない以外はね。まことの思いついたこの方法に、はじめはまないが反対だったんだ。けど、まりえとアイリスが中心になってまないを説得。まないからは俺が毎日首の筋トレを必ずすることを条件に、そのご褒美という意味で社務所の地下室で毎朝1回だけ抱きついて良いことになったんだ。
こうして、『はねっこ』も、『はねっこ乙女』も、奈江も、みんなが幸せになってアイドル活動の運営が活発になったんだ。良かった良かった。
「良くないわよ。何で私の頭の上に毎朝タライが落ちるのよ!」
「マスターはまだ首の強化中だから仕方ないでしょう」
「だったら、みんなに順番に落とせばいいじゃん、って! もぅー!」
「口ごたえすんな!」
『奈江効果』
奈江の加入は、『はねっこ』と『はねっこ乙女』がアイドルとしての体裁を整えていくのを力強くサポートしてくれたのはいうまでもない。それ以上に俺が助かったのは、仕事が減ったこと。奈江の加入で変わった点はいくつかある。
まず、件のアプリの導入。『はねっこ』は、俺が朝の日供祭をしている間、『はねっこ体操』を配信している。『はねっこ体操』は、第1から第3まであるんだけど、体操そのものも3段階用意してある。最も激しい体操だと、一般人はほぼついてこれない。けど最も穏やかな体操であれば、おじいちゃんおばあちゃんから3歳くらいの子供まで楽しめる。自分の体力に合わせて難易度を調節できるから、親子でも楽しめると人気を呼んだ。人を楽しませることに妥協がないあおいと気配り上手な優姫が中心になって進めてくれた大ヒット企画なんだ。これ自体は仕事が増えたってことになるんだけど、すごいのはその先なんだ。
「マスター、今日は14858件のハンドルネームの決済しなきゃだって」
パソコンに表示されている数字を読み上げたのはしいか。実はAIによるハンドルネームの決済システムを、アプリの導入当初から組み込んであるんだ。お陰で人力による決済は、0.3%にまで減ったんだよ。それでも利用者が拡大している現在では、1日に1万件以上の人力による決済を要するんで、これは大変な作業なんだ。けど、仕事の圧縮率は333倍! すごく楽に大量のデータを扱えるんだ。
『AI開発秘話』
奈江が開発したAI。その自動応答システムは、決済率を順調に高めている。それでもアルバイトが昼夜問わず秋葉原の雑居ビルで対応にあたっている。もっと強化しないと!
「奈江、このAIって、どういう仕組みなの?」
「はい、各国の通信会社などのポータルをハッキングして得た膨大な……。」
奈江は優秀なんだけど、ときどきヤバ目の言葉を使うから、そんなときに俺は白目を向いて聞こえないふりをしている。そうすると、奈江はそれ以上は言わなくなるんだ。
ハンドルネームには、会員番号も同時に付される。その桁数は12桁とっているから今すぐにデータ容量がパンクするということはなさそうだ。そんなに要らないんじゃないかと思うけど、あとで番号を変える手間を考えると、これくらいのバッファーが必要らしい。
ー今日は、会員番号000019544277さんのお便りを紹介します!
『琉金のまりえさんの好きな食べ物を教えてください』ですって。
うーん。ホームページを見てね。『ぶくぶく堂』の金魚焼って書いてあるよー! ー
はねっこ体操の名物企画『まりえになんでも聞いて』には、世界各国から毎日30万通のお便りが届くんだ。これもAIがほとんどを捌いてくれる。人力での回答が必要なのは0.5%程度だ。楽ちん楽ちん! 今回の質問が採用されたのも、AIの計算による。AIは、まりえがどんな質問に答えればホームページ上で買える商品の売り上げが1番伸びるのかをたちどころに計算してくれる。大体2つまで絞られた質問からまりえが独断と偏見で選んで読み上げているんだ。
『金魚が世界中のペットショップから消えた日』
AIは売上の最適化を推し進めた。俺にとっては強い味方なんだ。けど、困ったこともあるんだ。あまりにも売上増を求め過ぎるからなんだけどね。
ー今日は、会員番号000470183746さんのお便りを紹介します!
『琉金のまりえさんはペットを飼っていますか? 教えてください』ですって。
うーん。ホームページを見てね。『小赤のますたー』って書いてあるよー! ー
この結果、小赤の売上をどんどん上げたんだ。小赤といえば普通はエサ用になるから元々流通量が多いんだけど、直営の淡水魚販売店の在庫は2秒でなくなったんだ。すご過ぎる! けど影響は、それに留まらなかったんだ。全世界のペットショップから小赤が消えちゃったんだ。エサ用なのをみんながペットとして飼いはじめたんだ。
秋葉原にある直営の淡水魚販売店の店長から俺のいない間に相談があってね。それは、小赤をエサにしていたアロワナについて、エサがなくなって飼えなくなったから返品されたのが4匹もいて困ってるから光龍大社で引き取って! ていう内容だったんだ。対応したのがまりえなんだけど、かわいそうだからと、怯えながらも社務所の地下室に水槽ごと置いといたんだ。うっかりして俺に報告しなかったんだもんだから大変。のちに、大きなトラブルに発展する。
『ライバル? 出現』
『はねっこ』に、立ちはだかるライバルが現れたんだ。名門の橋系アイドルユニットだ。聖橋の袂にある劇場を拠点にしたHJR84、万世橋の下に劇場を作ってしまったMNS84など、全部で13のユニットが千代田区を中心に活動している。平成時代から続くグループの集まりなんだ。俺達に争う気はないんだけどIZM84っていう、その集まりの中では最弱のユニットのリーダーが、『はねっこ乙女』の悪口を言ったんだ。
「彼女達は、金魚の糞に過ぎない」
「! てやんでい!(何言ってやがるんだいの江戸弁)」
火事と喧嘩は江戸の華ってね。俺の江戸っ子魂にしがついた! あちぃ! 売られた喧嘩、きっちり勝ってやるぜぃ! こうして、俺達は全面的に争うことになった。けどこの勝負、安田大五郎氏の計らいで見事な賞レースになったんだ。その勝負の中身は、『ビーチフラッグ選手権』。4チーム対抗のトーナメント戦を2日間に渡りお台場ですることになった。そして、安田大五郎氏のTV局のネット版、『ありゃまTV』が、全世界に向けて実況生放送することになったんだ。これは見逃せない! じゃなくて、負けられない!
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