『奈江さん』さんは、奈江さん? 奈江?

『計算すると『はねっこ』は1人1分で1万円売り上げている』


『奈江さん』さんはブロマイドの印刷を買って出てくれた。どうすればそんなにいっぱい印刷できるのかは分からないけど、届けに戻ってきたときには、予定の倍近い20000枚のブロマイドが手元にあった。これだけの枚数を配るのは普通は大変なんだけど『はねっこ』も『はねっこ乙女』もよく頑張ってくれたから、時間が少し余るほどだった。


「結局、期待損失は合計200万円にものぼるわ」

「俺の年収と同じじゃん! あんなに売れたのに……。」

「ま、このデータを元に次回以降の特典会の内容を決めちゃおう」


 あおいは、アイドルになるのを拒んでいたけど、なったらなったで1番楽しんでいるのが分かる。ボディーは体積が計算しやすい寸胴型だけど、人生はメリハリが効いていて、よく計算されている。

 計算といえば、期待損失が200万円って言うけど、今日の特典会は合計20分余らせたんだよな。けど、その20分のうち15分は8人体制で、5分は16人体制だった訳で、そうすると『はねっこ』の特典会の売り上げは、1人1分で1万円ってことになるのか。すごいなぁ、アイドルって!

 話は変わるけど、アイリスはあんなことがあったけどさっき謝ったら許してくれたんだ。


「みんなの前ではやめてくださいね、マスター」


 とのことだから、心配なさそう。まりえは、みんなの前でも良いよって言ってくれたけど、俺としてはみんなの前ではちょっとっていうのはある。


「で、マスター! あの子とはどういう御関係なの?」


 御関係っていわれると、どう答えて良いか分からないけど、俺は試したいことがあった。そのためにはアイリスの協力が必要なんだよな。今日のことは怒ってないし、チャンスがあったらやってみよう。とりあえず、商用でということを質問者のあおいに向かいつつ、『奈江さん』さんにも聞こえるように言ってみた。


『『奈江さん』さんの技術力』


 社務所の地下室。全員が一緒でも、まだまだ収容できそう。俺が椅子に腰掛けると、『奈江さん』さんはその隣に座った。そこは今までまりえが座ることが多かったんだけど、席を取られた形になったまりえは反対側の隣に座ったから、結局座る場所がないのはまないになってしまった。本当に申し訳ない。けど、ラッキースケベを起こすには、悪い配置ではないから、そのままはなしをすることにした。


「『コンビニは元来7時から』とどんなはなしをする予定だったかなんだけど……。」


 俺は、メモを見ながらはなしをした。そういう動作にまないや優姫は気付いてくれるんだよな。けどそれで愛想が良くなるのは優姫だけで、まないは表情を全く変えようとしない。あぁ、あの笑顔がまた見たい。そんなことを思ってるうちに『奈江さん』さんは、ゆっくりと話し出す。


「まず、私の商品を見てください」


 そう言ってトートバックから取り出したのは、デジカメとノートパソコン、それに3枚のタブレット。取り出して直ぐにデジカメとノートパソコンを繋ぎ、カメラを『奈江さん』さん自身に向けた。3枚のタブレットのアプリを起動すると、画面には『奈江さん』さんが映し出された。何処にでもあるようなテレビ電話みたいなものだろう。ただ、妙なことに画面上の『奈江さん』さんは、5割増しくらいにかわいい。まるで水槽の中を泳ぐ金魚みたい。


「何処にでもあるストリーミング配信です」


 自分でそういうのだから、そうに違いはないんだろうけど、俺の胸には5割増しのことが引っかかった。どうしてなんだろう?


「そこをタップしてみてください」


 言われた通りにすると、タップしたタブレットの動画だけがさらに5割増しにかわいく見えた。あくまで俺の感想だけど。


「人の顔の輪郭やパーツをはっきりさせる技術を採用してます」


 それもそんなに珍しい技術ではないように感じたけど、『奈江さん』さんは、誇らしげに続ける。


「それを、視聴用のアプリに取り込んであるんです」


 つまり、ノートパソコンから送られるのはあくまでも素のデータであり、視聴用のアプリで加工しているんだって。それからあと2つ付け加えたのが、録画やスクショ撮影が絶対にできないということと、世界中の銀行と取引が可能ということ。世界という言葉が妙に俺の心に引っかかった。1000万円宮司さんは、光龍大社の研究は、世界規模で行うべきだと言っていたもんな。世界。それは、すごいことなのかもしれない。


「肖像権の保護に便利です。しかも世界展開が可能です」

「それはすごいけど、どうしてこんなものを取り扱っているの?」

「それは、私が開発者だからです」


 自分の作ったアプリを自分で売り込んでいる。相当に頭の良い子なんだろうな。けどコミュ障だから行き詰っているんだろうな……。ようやくはなしが読めてきた。コミュ障同志だから俺には分かるのかもしれない。


『『奈江さん』さんがアプリを開発した理由』


 それからしばらく、『奈江さん』さんは黙ってしまう。きっと、1番言いたいことが言えないんだと思う。だから俺の方から聞いてみた。


「それで、おいくらなんですか?」

「まだお譲りするとは決めておりません……。」


 なっ、なんだって? ここまではなしておいて、売るとは限らないって、どういうこと! 信じらんないよー! 俺はそんな気持ちを抑えるのに苦労した。けど、『奈江さん』さんの立場で考えたら、自分が作り出したアプリを気安く譲る気持ちにはなれないのかもしれないって思ったんだ。少なくとも、例えば俺が、『はねっこ』の移籍とかを打診されて、譲る気持ちにはならないだろう。きっとそれと同じ気持ちなんだと思う。


「『奈江さん』さんは、どうしてこのアプリを開発したの?」

「はい。命令です」

「命令? 誰からの命令なの?」

「両親です。ですが、本当の両親ではありません」


 その言葉は、はなしを聞いていたアイリスとあおいとあゆみには堪えたみたい。急に下を向いちゃった。3人ともたしか、その事実を知ったときには同時に自分が金魚だったことのおまけまでついていたんだけどね。


『『奈江さん』さんも金魚?』


 ストリーミング配信アプリの開発者『奈江』。彼女は両親からその開発を命令されたという。だがその両親は育ての親であり、生みの親ではないらしい。そんな事情を聞いてしまった俺は、どうやって話せば良いかを考えた。実は俺、当初からずっと気になっていたことがあるんだ。それは、『奈江さん』さんが俺の放つ不思議な光を浴びたときの本当の気持ちについてなんだ。出会ったときは、気持ちイイー! って言ってたけど、その気持ちイイー! が、アイリス達と同じものなら、もしかするとこの『奈江さん』さんは、金魚だったのかもしれない。だとしたら、今まで一緒に暮らしてきた人は実の親ではないということになる。はなしの内容というか、聴き出す順番は想定外だけど、金魚だったという結論を否定することは今のところ1つもない。それだけに、俺は慎重にならざるを得ないんだ。偶然にでも不思議な光が放たれて『奈江さん』さんから、気持ちイイー! っていうのを聞き出せれば手っ取り早いと思ったんだけど、こんなときに限って、ラッキースケベは起こらない。どうしよう。悩んでいても仕方がない。こうなったら、覚悟を決めるしかない。


「……。『奈江さん』さんって、金魚?」


 俺は、数少ないコミュニケーションスキル、単刀直入を発動させた。なるようになればいいさ。そんな自暴自棄な感情がなかった訳ではない。けど、俺なりに精一杯考え抜いて導いた結論だから、結果は何も怖くない。まないの組まれた腕が肩から微妙に上がっていくのを見たって、アイリスが紅茶を搔きまわすスプーンを持つ手を止めるのを見たって、あゆみのメガネが曇っていくのを見たって、まりえがデジカメに向かって変顔しているのを見たって、何も怖くなんかないぞ。どうだっ!


『答え合わせの時間』


 俺は思い切って、単刀直入に『奈江さん』さんに聞いてみた。答えは⁉︎


「あっ、はい。そうみたいです」


 そっ、そうですか。ほらみろ! みたことか! まりえの変顔はかわいいし、あゆみのメガネは晴れていくし、アイリスはスプーンをおいて紅茶をすすろうとしているし、まないの腕は肩から下がっていくじゃないか! 俺が思った通りじゃんか! けどまだ確定ではないぞ。金魚大好き! とか、金魚が大好物ですペロリ! とか、バリエーションは豊富だ。そもそもそうやって逃げれるように絶妙なところで言葉を区切って語尾を無理矢理あげたんじゃないか! ちゃんと聴きだすまでは、かごちゃんと同じ『白よりのグレー』のままなんだから!


「だっ、だよね……。」

「私、今日まで知らなかったんです。貴方の変な光を浴びて思い出しました」

「だっ、だよね……。」

「はい。ですから、このアプリは貴方には譲りません」

「そっ、そうなんだ……。」

「はい。私ごと差し上げます!」

「謹んで、お受け取りいたします……。」


 久々に確認するけど、俺は宮司で高校生、発光体質というくだらない性質を持つ、今では15人の金魚たる巫女アイドルのマスター、鱒太一、なんだから。


「今からは奈江って呼んでくださいね、マスター」


奈江は、かごちゃんとは違う。白だった。


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